「以来」と「以降」、どちらも時間を示す言葉ですが、使い分けに迷った経験はありませんか?
実はこの二つ、時間の起点が過去か、それとも現在や未来かで使い分けるのが大きなポイントなんです。
この記事を読めば、「以来」と「以降」それぞれの意味やニュアンス、正しい使い方、さらには似ている「以後」との違いまでスッキリ理解でき、もう迷うことはありません。
それでは、まず最も重要な違いから見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「以来」と「以降」の最も重要な違い
「以来」は過去のある時点を起点とし、そこからの継続を表します。一方、「以降」は特定の時点(過去・現在・未来)を起点とし、それより後を表します。迷ったら、起点が過去で継続しているなら「以来」、それ以外なら「以降」と考えると分かりやすいでしょう。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。
これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
項目 | 以来(いらい) | 以降(いこう) |
---|---|---|
中心的な意味 | 過去のある時点から今までずっと | ある時点からあと(その時点を含む) |
時間の起点 | 過去のある時点 | 過去・現在・未来の特定の時点 |
継続性 | 継続しているニュアンスが強い | 継続の有無は問わない |
未来の起点 | 使えない | 使える |
言い換え例 | ~してからずっと、~このかた | ~からあと、~よりあと |
大きな違いは、「以来」は過去の起点からの継続を強く意識させるのに対し、「以降」は単にある時点からの後を示す点ですね。
特に未来の時点を起点にする場合は「以降」しか使えません。
「来週以来」とは言いませんが、「来週以降」とは言いますよね。
なぜ違う?漢字の成り立ち(語源)からイメージを掴む
「以来」の「来」は過去から現在へ“来る”イメージ。「以降」の「降」は上から下へ、時間軸なら未来へ“降りていく”イメージを持つと、意味の違いが掴みやすくなります。
なぜこの二つの言葉に意味の違いが生まれるのか、それぞれの漢字が持つイメージから探ってみましょう。
共通する「以」は「~から」という起点を表す意味を持っています。
「以来」の成り立ち:「以」+「来」=過去のある時点から今まで
「来」という漢字は、「くる」「きたる」と読みますよね。
これは、過去から現在に向かって時間が「来る」というイメージを連想させます。
つまり、「以来」は過去のある一点から、現在までずっと続いているという時間の流れを示す言葉なんです。
「古来」「未来」のように、時間に関連する言葉によく使われますね。
「以降」の成り立ち:「以」+「降」=ある時点からあと
一方、「降」という漢字は、「おりる」「くだる」と読みます。
これは、高いところから低いところへ移動するイメージ、時間軸で考えれば、ある時点から未来(あと)へ向かって時間が「降りていく」ようなイメージを持つことができます。
そのため、「以降」は特定の時点(過去、現在、未来)から、そのあとという区切りを示す言葉として使われるんですね。
「降雨」「下降」などの言葉から、下へ向かう動きを感じ取れます。
具体的な例文で使い方をマスターする
過去からの継続を示す「卒業以来、連絡がない」「開店以来の常連」のような場合は「以来」。未来を含む時点からの後を示す「3時以降にお願いします」「明日以降に決定します」のような場合は「以降」を使います。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
ビジネスシーンと日常会話、そして間違いやすいNG例を見ていきましょう。
ビジネスシーンでの使い分け
時間の起点がどこか、そして継続のニュアンスがあるかを意識すると、スムーズに使い分けられますよ。
【OK例文:以来】
- 昨年4月の着任以来、プロジェクトの推進に尽力してまいりました。
- 創業以来、当社は地域社会への貢献を第一に考えております。
- 前回の会議以来、いくつかの懸念事項が新たに発生しています。
→すべて過去の時点(着任、創業、前回の会議)が起点となり、そこから現在までの継続を示していますね。
【OK例文:以降】
- 詳細につきましては、本日15時以降に改めてご連絡いたします。
- 来月以降、組織体制が変更になる予定です。
- これ以降のプロセスについては、資料をご確認ください。
- 平成20年以降のデータが必要だ。
→「15時」「来月」「これ(現在)」といった、現在や未来を含む時点が起点となっています。
最後の例文のように、過去の時点を起点に「それより後」を示すこともできます。
日常会話での使い分け
日常会話でも考え方は全く同じです。
【OK例文:以来】
- 大学卒業以来、彼とは一度も会っていないんだ。
- この店は、開店以来ずっと通っているお気に入りだよ。
- あの日以来、彼女のことが忘れられない。
→「卒業」「開店」「あの日」という過去の出来事が起点で、そこから今も続いている状況ですね。
【OK例文:以降】
- ごめん、今手が離せないから10分以降にしてくれる?
- 夏休み以降、息子の成績が少し上がった気がする。
- このドラマ、次回以降の展開が気になるなあ。
→「10分(後)」「夏休み(後)」「次回(未来)」が起点になっています。
これはNG!間違いやすい使い方
意味が通じないわけではありませんが、少し不自然に聞こえる使い方を見てみましょう。
- 【NG】明日以来の天気予報を教えてください。
- 【OK】明日以降の天気予報を教えてください。
→「明日」という未来の時点を起点にする場合は「以降」しか使えません。「以来」は過去の時点を起点にする言葉だからですね。うっかり未来のことに「以来」を使うと、「あれ?」と思われてしまうかもしれません。
- 【NG】午後2時以来、会議室は使用禁止です。
- 【OK】午後2時以降、会議室は使用禁止です。
→これも起点となる「午後2時」が未来(または現在)の時点なので、「以降」が適切です。「以来」を使うと、「午後2時からずっと今まで使用禁止だった」かのような、意図しない意味に取られる可能性があります。
【応用編】似ている言葉「以後」との違いは?
「以降」と「以後」は非常に似ていますが、「以降」は必ずその時点を含むのに対し、「以後」はその時点を含む場合と含まない場合があるとされることがあります。ただし、現代ではその区別は曖昧で、ほぼ同じ意味で使われます。「以来」は過去の起点からの継続を示す点で、これら二つとは明確に異なります。
「以来」「以降」と似た言葉に「以後(いご)」がありますね。
これも使い分けに迷うことがあるかもしれません。
「以降」と「以後」は、どちらも「ある時点からあと」という意味で、非常に似ています。
厳密な違いとして、「以降」はその時点を含む(例:「3時以降」は3時ちょうどを含む)のに対し、「以後」はその時点を含む場合と含まない場合がある、とされることがあります。
法律用語などでは、「以降」とその時点を含む「以後」を区別することもあるようです。
しかし、現代の一般的な使い方では、この区別はほとんど意識されず、「以降」も「以後」もその時点を含むと考えるのが普通です。
「3時以後」と言われれば、3時ちょうどを含めて考える人が多いでしょう。
ですので、「以降」と「以後」はほぼ同じ意味と考えて差し支えありません。
迷った場合は、どちらを使っても大きな問題はないでしょう。
ただし、公用文などでは「以降」が使われることが多い傾向にあるようです。
一方で、「以来」は、これら二つとは明確に違います。
「以来」は必ず過去の時点を起点とし、そこからの継続を表します。
「以後」「以降」のように、未来の時点を起点にしたり、単なる区切りとして使ったりすることはできません。
言葉 | 起点 | その時点を含むか | 継続性 | 未来の起点 |
---|---|---|---|---|
以来 | 過去のみ | (起点なので含む) | 強い継続のニュアンス | 不可 |
以降 | 過去・現在・未来 | 必ず含む | 問わない | 可 |
以後 | 過去・現在・未来 | 含む場合と含まない場合がある(現代ではほぼ含む) | 問わない | 可 |
「以来」と「以降」の違いを言語学的に解説
言語学的には、「以来」は過去の特定点を起点とする継続相を示し、「以降」は時間軸上の特定点からの後続範囲を示す標識と捉えられます。「来」と「降」のアスペクト(事象の時間的展開)に関わる意味の違いが、これらの使い分けの根底にあると考えられます。
少し専門的な視点になりますが、「以来」と「以降」の違いを言語学的に考えてみましょう。
これらの言葉は、時間に関する表現、特に起点をどこに置くか、そしてそこからの時間の流れをどう捉えるか、という点で対照的です。
「以来」は、過去の特定の時点(イベントや状態の開始点)を基点とし、そこから現在までの継続相(aspect)を強く含意します。
「〜して以来」という形で、ある行為や出来事がトリガーとなって、その後の状態が続いていることを示すことが多いですね。
これは、「来」が持つ「こちらへ向かってくる」という方向性、時間軸で言えば過去から現在へというベクトルと関連していると考えられます。
一方、「以降」は、時間軸上の特定の時点(過去・現在・未来を問わない)を境界とし、その境界点を含む後続の範囲を示します。
継続のニュアンスは必須ではなく、単に「その時点よりあと」という区切りを表すマーカーとして機能します。
「降」が持つ「上から下へ」「あとへ続く」というイメージが、この「境界点からの後続」という意味合いにつながっていると解釈できるでしょう。
このように、単に辞書的な意味だけでなく、それを構成する漢字が持つアスペクト的な意味合いや方向性が、「以来」と「以降」の使い分けの根底にあると言えそうです。
言葉の背景にある、こうした時間感覚の違いを意識すると、より深く理解できますね。
僕が「以来」と「以降」を混同して赤面した新人時代の話
実は僕も新人時代、「以来」と「以降」を混同して、恥ずかしい思いをした経験があるんです。
あれは入社して半年ほど経った頃、部署の年間計画を発表するプレゼン資料の作成を任された時のことでした。
未来の計画について説明するパートで、僕は意気揚々とこう書きました。
「来月以来、新体制でプロジェクトを推進します!」
…今思うとなぜ「以来」を使ったのか謎なのですが、おそらく直前の過去事例紹介パートで「昨年4月の導入以来、業務効率が改善し…」といった文章を書いた流れで、無意識にごちゃ混ぜになってしまったのだと思います。「以」が共通しているから、つい混同しやすいんですよね。
意気揚々と資料を完成させ、自信満々で上司のレビューを受けた時のことです。
会議室の少し緊張した空気の中で、資料の「来月以来」という文字を見た上司の眉がピクリと動いたのを、僕は見逃しませんでした。
「…なあ、ここの『来月以来』だけど…未来のことには『以降』を使うのが普通だよ。『以来』は過去のある時点からの継続を示す時に使う言葉だからね。」
上司は優しく指摘してくれましたが、基本的な言葉の使い方を間違えていたことが猛烈に恥ずかしく、顔がカッと熱くなったのを覚えています。
「うわ、めっちゃ基本的なミスしてる…」と内心冷や汗だらけでした。
この経験から、言葉の表面的な意味だけでなく、その言葉が持つ時間の方向性(過去起点か、未来を含む起点か)をしっかり意識することの重要性を痛感しました。
特に似ている言葉ほど、その言葉の核となるイメージ、この場合は「来(過去から来る)」と「降(あとへ降りる)」の違いを掴んでおくことが大切なんだと学びましたね。
それ以来(まさにこの場合は「以来」ですね!)、時間に関する言葉を使うときは、時間軸を頭の中でイメージするクセがつきました。
「以来」と「以降」に関するよくある質問
「以来」と「以降」、結局どちらを使えばいいですか?
起点が過去で、そこからの継続を言いたい場合は「以来」が適切です。それ以外の場合(起点に関わらず単に「~からあと」、特に未来の時点を起点にする場合)は「以降」を使うのが基本です。迷う場合や、継続のニュアンスが不要な場合は「以降」を使うのが無難でしょう。
「来週以来」と「来週以降」はどちらが正しいですか?
「来週以降」が正しい使い方です。「来週」は未来の時点であり、「以来」は過去の時点を起点とするため、「来週以来」という表現は誤りとなります。
「以来」と「以後」の違いは何ですか?
「以来」は過去の起点を持ち、継続のニュアンスが強い言葉です。一方、「以後」は「以降」とほぼ同じ意味で、ある時点(過去・現在・未来)からあとを示しますが、継続のニュアンスは必須ではありません。「以来」とは明確に使い分けが必要です。
「以来」と「以降」の違いのまとめ
「以来」と「以降」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
どちらも時間を表す便利な言葉ですが、起点の位置と継続性の有無で使い分けることが大切ですね。
最後に、この記事のポイントをまとめておきます。
- 起点の違いが最重要:「以来」は過去の時点、「以降」は過去・現在・未来の時点が起点。
- 継続性のニュアンス:「以来」は継続を示すことが多い。「以降」は単なる区切り。
- 未来の起点には「以降」:「来週以来」はNG、「来週以降」はOK。
- 迷ったら「以降」も可:ただし、「以来」が持つ過去からの継続ニュアンスは薄れる。
- 「以後」との違いは曖昧:「以降」と「以後」は現代ではほぼ同義。
言葉の背景にある時間の流れをイメージすると、より自然に使い分けられるようになるはずです。
これで、あなたも自信を持って「以来」と「以降」を使いこなせるようになりましたね!
日々のコミュニケーションや文章作成に、ぜひ役立ててください。
言葉に関する情報は、文化庁のウェブサイトなどでも確認できますので、さらに深く知りたい方は参考にしてみると良いでしょう。
文化庁ウェブサイト