「インフルエンザに罹患する」「ウイルスに感染する」。
ニュースや医療の場面でよく耳にする「罹患(りかん)」と「感染(かんせん)」という言葉。どちらも病気に関係することは分かりますが、いざ違いを説明しようとすると、意外と難しいですよね。
「感染したけど症状はない」とは言うけれど、「罹患したけど症状はない」とはあまり聞かないような…? 実はこの二つの言葉、病気にかかって症状が出ている状態なのか、それとも病原体が体内に入った段階なのかで使い分けるのが基本なんです。この記事を読めば、「罹患」と「感染」の明確な意味の違いから具体的な使い分け、さらには「発症」との違いまでスッキリ理解でき、もう迷うことはありません。それでは、まず最も重要な違いから見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「罹患」と「感染」の最も重要な違い
基本的には、病気にかかり、症状が出ている状態を指すのが「罹患」、病原体が体内に侵入し増殖することを指すのが「感染」と覚えるのが簡単です。「感染」は必ずしも症状が出ているとは限りません(無症状感染)。「罹患」はその結果として病気の状態になったことを意味します。
まず、結論からお伝えしますね。
「罹患」と「感染」の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | 罹患(りかん) | 感染(かんせん) |
|---|---|---|
| 中心的な意味 | 病気にかかること。病気の状態にあること。 | 病原体(ウイルス、細菌など)が体内に侵入し、増殖すること。 |
| 症状の有無 | 症状がある(病気の状態)ことが一般的。 | 症状がある場合も、ない場合(無症状感染)もある。 |
| 焦点 | 病気という状態・結果。 | 病原体の体内への侵入・増殖というプロセス。 |
| 時系列 | 感染の後に起こる(発症した場合)。 | 罹患の原因・前提となる。 |
| 使われ方 | 「インフルエンザに罹患する」「がん罹患率」 | 「ウイルスに感染する」「感染経路」「院内感染」 |
簡単に言うと、風邪をひいて熱が出たら「風邪に罹患した」、風邪のウイルスが体に入った段階では「ウイルスに感染した」というイメージですね。
「感染」はあくまで病原体が体に入った段階を指し、その後に症状が出て初めて「罹患」という状態になる、という流れで理解すると分かりやすいでしょう。
なぜ違う?言葉の意味とニュアンスを深掘り
「罹患」の「罹」は網にかかる、災難にあう意味で、「病気にかかる」という状態を示します。「感染」の「感」は心が動く、触れる、「染」は色がつく、うつる意味で、病原体が体内に侵入し影響を及ぼすプロセスを示します。漢字の意味が、状態(罹患)とプロセス(感染)の違いを表しています。
もう少し詳しく、それぞれの言葉が持つ意味とニュアンスを見ていきましょう。使われている漢字の意味を知ると、違いがよりはっきりしますよ。
「罹患」の意味とニュアンス:「病気にかかる」こと
「罹患」は、「罹」と「患」という漢字で構成されています。
- 罹(り):あみにかかる。災難にあう。病気にかかる。
- 患(かん):うれえる。なやむ。病気になる。病気。
「罹」には、思いがけず良くないこと(災難や病気)にあってしまう、という意味があります。「罹災(りさい)」という言葉もありますね。「患」は病気や悩みそのものを指します。
つまり、「罹患」は文字通り「病気にかかること」そのものを意味します。ある人が特定の病気にかかっている状態、病気であるという結果を示す言葉です。
「がん罹患者」「罹患率(特定の集団の中で、ある期間内に新たにその病気にかかった人の割合)」のように、病気になった事実や統計を表す際によく使われます。
「感染」の意味とニュアンス:「病原体が体内に侵入・増殖する」こと
「感染」は、「感」と「染」という漢字で構成されています。
- 感(かん):心が動く。ふれる。ある作用を身に受ける。
- 染(せん):そまる。そめる。色がつく。悪い影響がうつる。
「感」には外部からの影響を受ける、「染」には色が付いたり、何かがうつったりするという意味があります。
つまり、「感染」は、病原体(ウイルスや細菌など)が体内に侵入し、そこで増殖し、体に影響を及ぼし始めるプロセスを指します。
重要なのは、「感染」はあくまで病原体が体内に入って増え始めた段階を指す、ということです。感染しても、体の免疫機能が病原体を抑え込めば、症状が出ないこともあります(無症状感染)。症状が出て初めて「発症」し、「罹患」した状態になります。
「感染経路」「院内感染」「感染対策」のように、病原体の伝播や侵入、それに対する防御策といった文脈で使われることが多い言葉です。
具体的な例文で使い方をマスターする
「彼はインフルエンザに罹患し、高熱で寝込んでいる」のように、病気の状態は「罹患」です。「知らぬ間にウイルスに感染していたが、症状は出なかった」のように、病原体の侵入は「感染」です。「罹患したが無症状」は通常使いません。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
どのような場面で使うのか、そして間違いやすいNG例を見ていきましょう。
「罹患」を使う場面(例文)
病気にかかっている状態や、病気になった事実を示すときに使います。
- 彼は先週、インフルエンザに罹患し、会社を休んでいた。
- 日本における胃がんの罹患率は、近年減少傾向にある。
- その病気に罹患すると、特有の症状が現れる。
- 調査対象者のうち、100名が過去にその疾患に罹患した経験があった。
特定の病気にかかっている「状態」や「結果」を表していますね。
「感染」を使う場面(例文)
病原体が体内に侵入・増殖したこと、またはその危険性を示すときに使います。
- インフルエンザウイルスに感染したが、予防接種のおかげか軽症で済んだ。
- 彼は海外渡航中に未知のウイルスに感染した可能性がある。
- 院内感染を防ぐため、手指消毒を徹底してください。
- 新型コロナウイルスは、飛沫感染や接触感染によって広がると言われている。
- 検査の結果、感染は確認されなかった。
病原体の「侵入」や「伝播」というプロセスに焦点が当たっていますね。症状の有無は問いません。
これはNG!間違えやすい使い方
意味の中心を取り違えると、不自然な表現になります。
- 【NG】彼はウイルスに罹患したが、無症状だった。
- 【OK】彼はウイルスに感染したが、無症状だった。
「罹患」は通常、病気の状態(=症状がある)を指すため、「無症状」とは矛盾します。病原体は持っているが症状がない場合は「感染」を使います。
- 【NG】傷口から細菌に罹患する恐れがある。
- 【OK】傷口から細菌に感染する恐れがある。
病原体が体内に侵入するプロセスを指すため、「感染」が適切です。「罹患」はその結果として病気になることです。
- 【NG】我が国の感染率は年々上昇している。(特定の病気の発生率を言いたい場合)
- 【OK】我が国の罹患率は年々上昇している。
ある病気が発生する割合(発生率)を指す場合は、通常「罹患率」を使います。「感染率」は、ある集団内で病原体を持っている人の割合(有病率に近い意味で使われることも)を指すことが多く、意味合いが異なります。
【応用編】似ている言葉「発症」「発病」との違いは?
「発症(はっしょう)」は、「感染」の後、病気の症状が現れ出ることを指します。「感染」から「罹患」に至る間のプロセスです。「発病(はつびょう)」は「罹患」とほぼ同義で、病気になることを意味しますが、「発病の瞬間」のように、病気が始まる時点を強調する場合にも使われます。
「罹患」「感染」と関連して、「発症(はっしょう)」と「発病(はつびょう)」という言葉もよく使われます。これらの違いも整理しておきましょう。
| 言葉 | 意味 | ニュアンス | 時系列 |
|---|---|---|---|
| 感染 | 病原体が体内に侵入・増殖すること。 | プロセス。症状の有無は問わない。 | ① |
| 発症 | 感染後、病気の症状が現れること。 | 症状が出始めること。 | ②(感染後) |
| 罹患 | 病気にかかること。病気の状態。 | 状態・結果。通常、症状がある。 | ③(発症後) |
| 発病 | 病気になること。病気が始まること。 | 罹患とほぼ同義。「始まる」点を強調することも。 | ③(発症後) |
つまり、病気が起こるプロセスは、一般的に以下のようになります。
① 感染 → ② 発症 → ③ 罹患(発病)
- まず、ウイルスなどの病原体に「感染」します。
- その後、潜伏期間を経て、熱や咳などの症状が「発症」します。
- 症状が出て病気の状態になると、「罹患」した(または「発病」した)と言えます。
「発症」は症状が出始める瞬間やプロセスに焦点を当て、「罹患」はその結果としての病気の状態を指します。「発病」は「罹患」とほぼ同じ意味で使われますが、「病気が始まる」というニュアンスをより強調したい場合に用いられることがあります。
例文:
- ウイルスに感染してから発症するまでの潜伏期間は平均5日間です。
- 彼はインフルエンザを発症し、高熱のため欠席した。
- 祖父は若い頃に結核に罹患(発病)した経験がある。
これらの言葉を使い分けることで、病気の進行段階をより正確に表現することができますね。
「罹患」と「感染」の違いを公的な視点から解説
公衆衛生や感染症対策の分野では、「感染」と「罹患」は区別して用いられます。「感染者数」はPCR検査陽性者など病原体を持つ人の総数(無症状者を含む)、「罹患者数」は発症した人の数を指すのが一般的です。感染症法などの法律や、厚生労働省の発表などでも、この定義に基づいて情報が出されることが多いですが、文脈によっては「感染者=罹患者」として扱われる場合もあるため注意が必要です。
公的な発表や医学・公衆衛生の分野では、「感染」と「罹患」はどのように使い分けられているのでしょうか。
特に感染症対策においては、この二つの言葉は重要な意味を持ち、区別して使われるのが一般的です。
- 感染(者):病原体が体内に存在することが確認された(例:PCR検査陽性)人を指します。症状の有無は問いません。したがって、「無症状感染者」も含まれます。公衆衛生上、感染拡大を防ぐためには、症状がない感染者も把握することが重要になります。
- 罹患(者):感染の結果、実際に病気を発症した人を指します。病気の重症度や治療の必要性を考える際には、罹患者の状況が重視されます。
例えば、厚生労働省などが発表する新型コロナウイルス感染症に関する情報でも、「新規陽性者数(=感染者数)」と「入院治療等を要する者の数(≒罹患者の一部)」などが区別して報告されていますね。
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)においても、「感染症」の定義はありますが、「感染」と「罹患」の用語自体について厳密な法的定義があるわけではありません。しかし、その運用においては、上記のような区別がなされるのが通例です。
ただし、注意点として、報道や一般的な文書においては、必ずしもこの区別が厳密に守られているとは限りません。文脈によっては、「感染者数」が実質的に「罹患者数」を指している場合や、その逆の場合もありえます。特に統計データなどを見る際には、その数値が「感染が確認された人の数」なのか、「発症した人の数」なのか、定義をよく確認することが大切です。
コロナ禍で実感した「感染」と「罹患」の違い体験談
新型コロナウイルスが流行した際、僕の周りでも「感染」と「罹患」の違いを身をもって実感する出来事がありました。
ある時期、僕の親しい友人A君と僕が、ほぼ同時期にPCR検査で陽性となりました。つまり、二人とも新型コロナウイルスに「感染」したわけです。
ところが、その後の経過は全く異なりました。
A君は、陽性判明後も特に症状が出ず、いわゆる「無症状感染者」でした。自宅での療養期間中も体調に変化はなく、元気にしていました。彼はウイルスに「感染」はしたけれど、「罹患」はしなかった、と言えます。
一方、僕は陽性が判明した翌日から高熱と咳、倦怠感といった症状が出始めました。数日間はかなりつらい状態が続き、まさに新型コロナウイルス感染症に「罹患」した状態でした。
同じウイルスに「感染」しても、症状が出て病気になる人(罹患する人)と、症状が出ない人がいる。この違いを目の当たりにして、「感染」はあくまでスタートラインであり、その後の「発症」を経て「罹患」に至るかどうかは、個人の免疫力やウイルスの量など、様々な要因によって変わるのだな、と痛感しました。
ニュースで毎日報じられる「感染者数」の中には、僕のように症状に苦しんでいる人もいれば、A君のように無症状の人も含まれている。それを理解すると、単なる数字の増減だけでなく、その背後にある様々な状況に思いを巡らせるようになりましたね。
この経験は、「感染」と「罹患」という言葉の意味の違いを、教科書的な知識としてだけでなく、リアルな実感として理解する大きなきっかけになりました。
「罹患」と「感染」に関するよくある質問
無症状の人は「罹患」していますか?
いいえ、通常は「罹患」しているとは言いません。無症状の場合は、病原体に「感染」している状態ですが、病気を発症していないため、「罹患」には至っていないと解釈されます。「罹患」は病気にかかっている状態(通常は症状がある)を指します。
病気の種類によって使い分けはありますか?
基本的に、感染症(ウイルスや細菌が原因の病気)の場合は「感染」→「発症」→「罹患」というプロセスが当てはまります。一方、がんや生活習慣病など、病原体の感染が直接的な原因ではない病気の場合は、「罹患」を使いますが、「感染」という言葉は通常使いません(例:「がんに罹患する」とは言いますが、「がんに感染する」とは言いません。ただし、HPV感染が子宮頸がんの原因になるなど、間接的な関連がある場合はあります)。
「罹患率」と「感染率」はどう違いますか?
「罹患率(incidence rate)」は、特定の人口集団において、一定期間内に新たに特定の病気を発症した人の割合を指します。一方、「感染率」という言葉は、文脈によって意味が変わることがあります。特定の時点である病原体を持っている人の割合(有病率に近い意味)を指す場合もあれば、罹患率と同じ意味で使われる場合もあります。統計データを見る際は、その定義を確認することが重要です。
「罹患」と「感染」の違いのまとめ
「罹患」と「感染」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- 意味の中心:「罹患」は病気にかかっている状態(通常、症状あり)、「感染」は病原体の体内への侵入・増殖(症状の有無は問わない)。
- 時系列:通常、「感染」が先に起こり、その後「発症」を経て「罹患」に至る。
- 漢字のイメージ:「罹」は“病気にかかる”、「感」+「染」は“影響がうつる”。
- 関連語:「発症」は症状が出始めること、「発病」は罹患とほぼ同義。
- 公的な使い方:公衆衛生分野では、症状の有無を含めて「感染者」、発症者を「罹患者」と区別することが多い。
特に感染症に関する情報に触れる機会が多い現代において、これらの言葉の違いを正確に理解しておくことは、状況を正しく把握するために非常に重要です。
これからは自信を持って、適切な言葉を選んでいきましょう。言葉の使い分けについてさらに知りたい方は、身体・医療の言葉の違いをまとめたページもぜひご覧ください。