「ブーン」という羽音を立てて飛んでくる虫。それが「アブ」なのか「ハチ」なのか、瞬時に見分けられますか?
どちらも人を刺すイメージがあり混同されがちですが、実は分類学上まったく異なる昆虫。
アブは「ハエ目(双翅目)」の仲間で、ハチは「ハチ目(膜翅目)」の仲間。翅(はね)の枚数からして違います。
この記事では、アブとハチの決定的な見分け方から、それぞれの生態、そして最も重要な「危険性の違い」まで、スッキリと解説します。どちらが本当に危険なのかを知れば、夏のレジャーや野外活動での対処法も変わってくるはずです。
- 分類と翅(はね): アブは「ハエ」の仲間で翅が2枚。ハチは「アリ」の仲間で翅が4枚です。
- 危険性: アブ(一部の種)は口で皮膚を「噛み切り」吸血します。ハチ(メス)は尾の「毒針」で刺します。アナフィラキシーショックを引き起こすのは主にハチです。
- 見た目: アブは目が大きく、ずんぐりした体型。ハチは触覚が長く、腰がくびれている種が多いです。
| 項目 | アブ(アブ科・ハナアブ科など) | ハチ(スズメバチ科・ミツバチ科など) |
|---|---|---|
| 分類・系統 | 昆虫綱 ハエ目(双翅目) | 昆虫綱 ハチ目(膜翅目) |
| サイズ(体長) | 種による(例:5mm〜3cm程度) | 種による(例:2mm〜5cm程度) |
| 形態的特徴(翅) | 2枚(1対) (後翅は平均棍に退化) | 4枚(2対) (前後が連結して飛ぶ) |
| 形態的特徴(口・針) | 噛み切る口器(吸血性)、舐める口器(非吸血性)。毒針なし。 | 噛む口器、舐める口器。メスは尾に毒針(産卵管が変化)を持つ。 |
| 形態的特徴(体型・目) | ずんぐりした体型。巨大な複眼。短い触角。 | 腰がくびれる種が多い。複眼はアブより小さい。長い触角。 |
| 行動・生態(食性) | 成虫:花の蜜、樹液、動物の血液(一部の種) 幼虫:水生、腐植質、捕食性など | 成虫:花の蜜、樹液、昆虫(狩り蜂) 幼虫:昆虫、花粉、蜂蜜など(種による) |
| 行動・生態(攻撃性) | 吸血性の種はしつこく人を襲う。 | 巣を守るために攻撃性が高まる(特にスズメバチ)。 |
| 危険性・衛生 | 吸血による痛み・かゆみ。病原菌の媒介(稀)。毒針なし。 | 毒針による刺傷。アナフィラキシーショック(死の危険性あり)。 |
| 法規制・保全 | 主に害虫として扱われる種が多い。 | 害虫(スズメバチ等)と益虫(ミツバチ等)の両面。 |
【3秒で見分けるポイント】
- 翅(はね)が2枚しかなく、ハエのように目が顔の大部分を占めていたら「アブ」です。
- 翅(はね)が4枚あり、触覚が長く、腰がくびれていたら「ハチ」です。
- 皮膚を噛み切られて痛がゆいのは「アブ」、毒針で刺されて激痛が走るのは「ハチ」の仕業です。
形態・見た目とサイズの違い
最大の見分け方は「翅(はね)の枚数」と「目」です。アブはハエの仲間(双翅目)で翅が2枚しかありません。ハチは(膜翅目)で翅が4枚あります。また、アブは顔の大部分を占めるほど目が大きいですが、ハチの目はアブほど大きくありません。
アブとハチを見分ける最も確実な方法は、翅(はね)の枚数を確認することです。
アブは、その名前が示す通り「ハエ目(双翅目)」に分類され、翅は2枚(1対)しかありません。後ろの翅は退化して「平均棍(へいきんこん)」という小さなこん棒状の器官になっており、これでバランスを取って非常に機敏に飛び回ります。
一方、ハチは「ハチ目(膜翅目)」に属し、翅は4枚(2対)あります。前後の翅はカギ状のフックで連結されており、飛ぶときはまるで2枚のように見えることもありますが、静止時によく見ると4枚あることがわかります。
次に分かりやすいのは「目(複眼)」と「触角」です。
アブは、顔の大部分を占めるほど巨大な複眼を持っています。これは獲物(吸血対象)や花の蜜を素早く見つけるためです。触角は短く、目立ちません。
ハチの複眼はアブほど大きくなく、顔の両側に離れてついています。その代わり、触角は「く」の字に曲がった長いものが目立ち、これで匂いや振動を探知します。
体型にも違いが出ます。アブはずんぐりむっくりした「ハエ」に近い体型で、腰のくびれは目立ちません。一方、ハチ(特にスズメバチやアシナガバチ)は、胸と腹の間が細くくびれているのが特徴です。
行動・生態・ライフサイクルの違い
アブはハエの仲間で、幼虫は水生や腐植質で育ちます。成虫は種により花の蜜を吸うものと、皮膚を噛み切って吸血するものがいます。ハチはアリの仲間で、多くが社会性を持ち、幼虫の餌として昆虫などを狩る種(狩り蜂)と、花の蜜を集める種(花蜂)がいます。
アブとハチは、その生態やライフサイクルが大きく異なります。
アブ(ハエ目)の幼虫は、ウジ虫のような形態で、多くは沼地や湿地、腐った植物(腐植質)の中などで育ちます。完全変態を経て成虫になると、食性は種によって多様化します。ハナアブのように花の蜜や花粉を食べる温厚な種もいれば、イヨシロオビアブやウシアブのように、動物の皮膚をナイフのような口(口器)で噛み切り、流れ出る血を吸う厄介な種もいます。
一方、ハチ(ハチ目)は、多くが高度な社会性を持ち、女王蜂を中心にコロニー(巣)を作ります。スズメバチやアシナガバチなどの「狩り蜂」は、幼虫の餌として他の昆虫やクモを狩ります。成虫は花の蜜や樹液をエネルギー源とします。ミツバチなどの「花蜂」は、花の蜜や花粉を集めて巣に蓄え、幼虫も成虫もそれを食べます。
ライフサイクルも対照的です。多くのアブは単独で生活し、成虫としての寿命は数週間程度です。ハチの場合、社会性の種では女王蜂だけが越冬し、春に新たな巣を作り始め、働き蜂が増える夏から秋にかけてコロニーが最も大きくなります。
生息域・分布・環境適応の違い
アブもハチも世界中のほぼ全域に分布し、日本全国で見られます。アブは水辺や湿地、牧草地など幼虫が生育できる環境の近くに多く、ハチは巣を作る場所(樹木、軒下、土の中など)と餌場(花や昆虫)がある場所なら、都市部から森林まで幅広く生息します。
アブもハチも、南極大陸などを除く世界中のほとんどの陸地に分布しており、非常に環境適応能力が高い昆虫です。日本国内でも、都市部、農村部、森林、山岳地帯まで、あらゆる場所で彼らの姿を見ることができます。
しかし、好む環境には違いがあります。
アブの多くは、幼虫が水生または半水生であるため、川辺、沼地、湿地、水田の近くで多く発生します。特にウシアブやイヨシロオビアブなどの吸血性のアブは、家畜を飼育している牧草地やキャンプ場、渓流などで活発に活動します。
ハチは、その種によって好む環境が多様です。スズメバチは森林の樹洞や土の中に巨大な巣を作りますが、アシナガバチやミツバチは人家の軒下や壁の隙間など、人間の生活圏にも巧みに適応して巣を作ります。彼らにとって重要なのは、巣を作る適切な場所と、餌(昆虫や花の蜜)が豊富な環境です。
危険性・衛生・法規制の違い
危険性が高いのは主にハチです。ハチは尾の毒針で刺し、毒液を注入します。特にスズメバチは攻撃性が高く、アナフィラキシーショックにより死に至る危険があります。一部のアブは皮膚を噛み切って吸血し、強い痛みとかゆみを引き起こしますが、毒針はありません。
人間にとっての危険性において、アブとハチは決定的な違いがあります。
アブ(吸血性の種)の武器は「口」です。彼らは毒針を持たず、皮膚をナイフのように噛み切って吸血します。そのため、刺された(噛まれた)瞬間から強い痛みを感じ、その後も長期間にわたって激しいかゆみや腫れが続くことが多いです。傷口から細菌が入り、化膿することもありますが、ハチのようなアナフィラキシーショックを引き起こすことは稀です。
ハチ(メスのみ)の武器は「毒針」です。これは産卵管が変化したもので、皮膚に突き刺し、強力な毒液を注入します。ミツバチは針が一度しか刺せませんが、スズメバチやアシナガバチは何度でも刺すことができます。ハチの毒には、強い痛みを引き起こす成分のほか、アレルギー反応を引き起こす成分が含まれています。
最も警戒すべきは「アナフィラキシーショック」です。一度ハチに刺された人が、再度刺されると、体が毒に過剰反応し、呼吸困難、血圧低下、意識不明などの全身症状を引き起こし、最悪の場合は死に至ります。特にスズメバチは攻撃性が高く危険です。厚生労働省のウェブサイトでも、ハチ刺されによる健康被害への注意が喚起されています。
法規制に関しては、どちらも害虫として駆除の対象となることはありますが、特定の種が法律で保護されている(例:希少種)場合を除き、採集や駆除に関する特別な規制は一般的にありません。
文化・歴史・人との関わりの違い
ハチは、ミツバチがもたらす蜂蜜や、スズメバチの脅威、蜂の巣の造形美など、古くから人間の文化に深く関わってきました。一方、アブは主に「害虫」としての認識が強く、文化的なモチーフとして登場することはハチに比べて少ないです。
人間との関わりの歴史において、ハチはアブよりも圧倒的に多様な側面を持っています。
ハチは、まず「益虫」としての側面があります。ミツバチは蜂蜜や蜜蝋の生産者として、古代エジプトの時代から家畜化されてきました。また、多くの作物の花粉を媒介する送粉者(ポリネーター)として、農業に不可欠な存在です。
同時に、「害虫」であり「恐怖の対象」でもあります。スズメバチは強力な毒と攻撃性で恐れられ、日本では古くから「蜂の巣に近寄るな」という教訓が伝えられてきました。
一方、アブは、人間にとっては「不快害虫」または「衛生害虫」としての側面がほとんどです。特に吸血性のアブは家畜の生産性を低下させ、人間に痛みを与える存在として嫌われてきました。
ただし、例外もあります。ハナアブ(花の蜜を吸うアブ)の一部の種は、ハチにそっくりな姿に「擬態」しており、天敵から身を守っていると考えられています。彼らは送粉者としても役立っており、アブのすべてが害虫というわけではありません。
「アブ」と「ハチ」の共通点
アブもハチも「昆虫」であり、完全変態をします。どちらも飛行能力に優れ、花の蜜をエネルギー源とする種が多い点も共通しています。また、一部の種は黒と黄色の警告色を持ち、互いに似通った外見(擬態)をしていることがあります。
分類学上は遠い関係にあるアブとハチですが、いくつかの共通点も見られます。
- 昆虫であること:どちらも昆虫綱に属し、幼虫→蛹→成体という完全変態を行います。
- 飛行能力:どちらも優れた飛行能力を持ち、空中を自在に移動します。特にアブの飛行技術はハエ譲りで、ホバリング(空中停止)や急旋回を得意とします。
- 食性(成虫):吸血性の種を除けば、多くのアブとハチの成虫は、花の蜜や花粉、樹液などをエネルギー源としています。
- 擬態(ベイツ型擬態):毒針を持たないハナアブなどのアブが、毒針を持つハチにそっくりな黒と黄色の縞模様(警告色)を持つことがあります。これは、天敵に「自分も危険だぞ」と思わせるための擬態(ベイツ型擬態)の一例と考えられています。
僕が渓流で絶叫した「アブ」の猛襲体験(体験談)
あれは数年前の夏、友人と渓流釣りにでかけた時のことです。涼しい沢で釣りに集中していると、突然、ふくらはぎに「チクッ」というより「ジュッ!」と焼けるような、鋭い痛みが走りました。
見ると、1.5cmほどもある黒く大きな虫が、僕の皮膚にがっちりとしがみついています。パニックになって払い落とすと、そこからは血がジワリと滲み出ていました。それが「アブ」との最悪の出会いです。
ハチに刺された経験は何度かありましたが、それとは明らかに違う痛み。ハチが「針で刺す」なら、アブは「皮膚をえぐる」という表現がぴったりです。
その 後がさらに地獄でした。刺された箇所はパンパンに腫れ上がり、その後1週間以上、耐え難いかゆみに悩まされました。ハチの危険性はアナフィラキシーショックとして知られていますが、アブのしつこい痛みとかゆみの「直接的な不快度」は、僕の中では最強レベルです。それ以来、夏の水辺では虫除けスプレーが手放せません。
「アブ」と「ハチ」に関するよくある質問
Q: アブとハチ、どっちが速く飛べますか?
A: 一般的に、アブ(ハエの仲間)の方が飛行能力は高いとされています。翅が2枚で平均棍を持つため、ホバリングや急旋回など、より複雑で機敏な飛行が可能です。ハチも速く飛べますが、アブほどの機動性はありません。
Q: アブやハチに刺された(噛まれた)ら、どうすればいいですか?
A: まずはその場から静かに離れてください。ハチに刺された場合は、針が残っていれば抜き、傷口を流水で洗い流しながら毒を絞り出し、抗ヒスタミン軟膏などを塗って冷やします。息苦しさや吐き気(アナフィラキシーショック)の症状が出たら、命に関わるためすぐに救急車を呼んでください。アブに噛まれた場合は、毒針はないので傷口を流水でよく洗い流し、かゆみ止めの軟膏(ステロイド含有が望ましい)を塗って冷やします。かゆみがひどい場合や化膿した場合は皮膚科を受診しましょう。
Q: ブヨ(ブユ)もアブの仲間ですか?
A: ブヨ(ブユ)もアブと同じハエ目(双翅目)の仲間ですが、アブ(アブ科)とは異なる「ブユ科」に属します。アブよりも小さく(2〜5mm程度)、蚊のように群がってくることが多いです。ブヨも皮膚を噛み切って吸血し、刺された後はアブ以上に腫れ上がることがあります。
Q: ハチに擬態しているアブは、刺しますか?
A: いいえ、刺しません。ハナアブなど、ハチに擬態しているアブのほとんどは、花の蜜や花粉を食べる温厚な昆虫です。彼らに毒針はなく、人を噛むこともありません。外見に騙されず、よく観察してみてください。
「アブ」と「ハチ」の違いのまとめ
アブとハチは、見た目や「刺す(噛む)」という行為が似ていますが、全く異なる分類の昆虫です。
- 分類と翅の違い:アブはハエの仲間(双翅目)で翅は2枚。ハチはアリの仲間(膜翅目)で翅は4枚。
- 攻撃方法の違い:アブは口で皮膚を「噛み切る」(毒なし)。ハチは尾の「毒針」で刺す(毒あり)。
- 危険性の違い:アブは強い痛みとかゆみ。ハチはアナフィラキシーショックの危険性があるため、より注意が必要。
- 見た目の違い:アブはずんぐりして目が大きい。ハチは触覚が長く、腰がくびれている(種による)。
キャンプやハイキングなど、野外活動の際は、どちらの危険性もあることを認識し、長袖・長ズボンを着用し、虫除けスプレーを使用するなどの対策を心がけましょう。他の生物その他の違いに関する記事も、ぜひご覧ください。