「カラストンボ」と「ハグロトンボ」、どちらも黒い翅(はね)を持っていて、水辺を飛ぶ姿が美しいトンボですね。
「どっちも黒い翅で、違いがよくわからない!」という方も多いかもしれません。
実は、この2種は分類学上も非常に近い「カワトンボ科」の仲間なのですが、住んでいる場所(生息域)とオスの体色、飛び方が全く違います。カラストンボは山地の渓流に住む黒い体のトンボ、ハグロトンボは平地の川や水路に住み、オスが金属緑色の体を持つトンボなのです。
この記事では、この似ているようで全く異なる2種のトンボの簡単な見分け方から、生態、文化的な意味まで、徹底的に比較・解説します。
【3秒で押さえる要点】
- 生息域: カラストンボは「山地・渓流」を好み、ハグロトンボは「平地・丘陵地の緩やかな川や水路」を好みます。
- オスの体色: カラストンボは体が「黒色〜暗緑色」。ハグロトンボのオスは体が「金属光沢のある緑色」です。
- 飛び方: ハグロトンボは「ヒラヒラと蝶のように」飛びますが、カラストンボはそこまで特徴的な飛び方はしません。
| 項目 | カラストンボ | ハグロトンボ |
|---|---|---|
| 分類・系統 | 昆虫綱・トンボ目・カワトンボ科 | 昆虫綱・トンボ目・カワトンボ科 |
| 形態的特徴(体色) | オス・メスともに黒色〜暗緑色。オスは金属光沢が強い。 | オス:金属光沢のある緑色 メス:黒褐色。 |
| 形態的特徴(翅) | 全体が黒褐色。オスは光沢あり、メスはやや淡い。 | 全体が黒褐色。 |
| サイズ(体長) | 50〜60mm程度 | 55〜65mm程度 |
| 行動・生態 | 成熟すると森林や沢沿いに移動。あまり活発には飛ばない。 | ヒラヒラと蝶のように飛ぶ。水辺の草むらや林縁で活動。 |
| 生息域・分布 | 山地・渓流。比較的、水のきれいな上流域を好む。 | 平地・丘陵地。流れの緩やかな河川、用水路、池沼。 |
| 危険性・衛生 | 無毒。人間に害はない。 | 無毒。人間に害はない。「神様トンボ」と呼ばれる。 |
【3秒見分け法!ここだけ見ればOK】
- 山地の渓流で見かけたら → カラストンボ
- 平地の水路や川辺で、ヒラヒラ飛んでいたら → ハグロトンボ
- 体が鮮やかな金属緑色なら → ハグロトンボのオス
- 体が黒っぽければ → カラストンボ または ハグロトンボのメス(※この場合は生息地で判断)
形態・見た目とサイズの違い
どちらも黒い翅を持つため非常に似ていますが、オスの体色で簡単に見分けられます。カラストンボはオスもメスも体が黒っぽいですが、ハグロトンボのオスは体が鮮やかな「金属緑色」をしています。
カラストンボとハグロトンボは、どちらもカワトンボ科に属する昆虫で、イトトンボに似た細長い胴体と、蝶のように幅が広く黒っぽい翅を持っています。
最大の見分けポイントは「オスの体色」です。
ハグロトンボのオスは、その体が鮮やかな金属光沢のある緑色をしています。光が当たるとキラキラと輝き、非常に美しいです。一方、メスはオスのような光沢はなく、地味な黒褐色をしています。
カラストンボは、その名の通りカラスのように全体的に黒っぽく、オスは金属光沢のある暗緑色〜黒色、メスも光沢のない黒褐色です。ハグロトンボのオスのような鮮やかな緑色にはなりません。
したがって、黒い翅のトンボを見かけた時、体が鮮やかな金属緑色なら「ハグロトンボのオス」で確定です。
体が黒っぽい場合は「カラストンボ(オス・メス)」か「ハグロトンボのメス」のどちらかですが、その場合は次の「生息域」で見分けるのが最も確実です。
サイズはどちらも体長5〜6.5cmほどで、大きさでの判別は難しいです。
行動・生態・ライフサイクルの違い
ハグロトンボは平地の水辺で「ヒラヒラ、フワフワ」と蝶のように特徴的な飛び方をします。カラストンボは渓流沿いの林縁で、あまり活発に飛び回らず、葉先などに静止していることが多いです。どちらも不完全変態で、幼虫(ヤゴ)は水中で生活します。
行動面で最も違いが分かりやすいのは「飛び方」です。
ハグロトンボは、水辺の草むらの上を、「ヒラヒラ」「フワフワ」とまるで蝶のように、あるいは黒い服の裾(すそ)がひらめくように優雅に飛びます。この特徴的な飛び方が「羽黒(はぐろ)」の由来とも言われています。
カラストンボは、ハグロトンボほど特徴的な飛び方はせず、渓流沿いの薄暗い林縁などで、葉先などに静止している姿がよく観察されます。
どちらもライフサイクルは、卵→幼虫(ヤゴ)→成虫という、サナギの時期を経ない「不完全変態(ふかんぜんへんたい)」を行います。幼虫であるヤゴは水中で生活し、水生昆虫などを食べて成長します。成虫になると陸に上がり、小さな昆虫を捕食します。
生息域・分布・環境適応の違い
生息域(住んでいる場所)が、両者を見分ける決定的な鍵です。カラストンボは山地の「渓流」や沢沿いの森に生息します。一方、ハグロトンボは平地や丘陵地の「緩やかな川」や「用水路」「池」の周りに生息します。
もし黒い翅のトンボを見かけたら、「オスの体色」と、この「生息域」を組み合わせれば、ほぼ100%見分けることができます。
カラストンボが好むのは、山間部や丘陵地の、比較的きれいな水が流れる「渓流」や「沢」です。幼虫(ヤゴ)も、流れのある場所の石や落ち葉の下に潜んでいます。成虫は羽化すると、水辺からあまり離れず、沢沿いの薄暗い森林の縁(林縁)などで見られます。
一方、ハグロトンボが好むのは、平地や丘陵地の、流れが緩やかな「河川の中下流域」「用水路」「ため池」などです。幼虫(ヤゴ)も、流れの緩やかな場所の植物の根元や沈んだ枝などに掴まって生活しています。成虫は水辺の草むらや、周辺の林でヒラヒラと飛んでいるのが見られます。
つまり、あなたが山登りやハイキング中の渓流で出会ったならカラストンボ、田んぼの横の用水路や近所の川辺の散歩で見かけたならハグロトンボである可能性が極めて高いです。
危険性・衛生・法規制の違い
どちらのトンボも人間に害を与える毒などは持っておらず、危険性は全くありません。むしろ、彼らはカやハエなどの害虫を捕食する「益虫」であり、きれいな水辺環境の指標(指標生物)ともなる有益な昆虫です。
カラストンボもハグロトンボも、人間に危害を加えることは一切ありません。
毒も持っていませんし、人を刺したり、強く噛んだりすることもありません。非常に穏やかな昆虫です。
むしろ、彼らは生態系において重要な役割を果たしています。成虫はカ、ハエ、ユスリカなどの小型昆虫を空中で捕食してくれる「益虫(えきちゅう)」です。
また、幼虫(ヤゴ)も水生昆虫などを食べ、彼ら自身も魚や鳥の貴重なエサとなります。
特にカワトンボ科の仲間は、水質や環境の変化に敏感です。彼らがたくさん生息している場所は、「水辺の環境が比較的良好に保たれている証拠」とも言えるでしょう。環境省などが実施する生物多様性の調査などでも、彼らは水辺環境の豊かさを示す指標生物の一つとなります。
文化・歴史・人との関わりの違い
特にハグロトンボは、お盆の時期(7月〜9月)によく見られることや、その黒い翅でヒラヒラと飛ぶ姿から、「神様トンボ」「仏トンボ(ホトケトンボ)」と呼ばれ、ご先祖様の霊を運ぶ縁起の良い虫として古くから親しまれてきました。
人との関わりにおいて、特に文化的な側面で強いイメージを持っているのはハグロトンボです。
ハグロトンボの成虫は、7月から9月頃、ちょうどお盆の時期に最も多く見られます。
その黒い翅(羽)と、お辞儀をするように静止する姿、ヒラヒラと飛ぶ様子が、まるでご先祖様の霊や神仏の使いのように見えたことから、日本では古くから「神様トンボ(カミサマトンボ)」「仏トンボ(ホトケトンボ)」などと呼ばれ、神聖視されてきました。
お盆の時期に家の中に入ってきたりすると、「ご先祖様が帰ってきた」と喜ばれることもあります。捕まえたりせず、そっと見守る文化が各地に残っています。
一方、カラストンボは、主に山間部の渓流に生息するため、ハグロトンボほど人里で目にする機会は多くありませんでした。そのため、ハグロトンボのような全国的な俗信や呼び名はあまり知られていませんが、その黒く美しい姿は、渓流の自然を象徴する存在の一つとなっています。
「カラストンボ」と「ハグロトンボ」の共通点
最大の共通点は、どちらも「カワトンボ科」の仲間であることです。そのため、細長い胴体、黒っぽい(または色づいた)翅を持ち、翅を閉じて(背中で立てて)止まるなど、形態的に多くの共通点を持っています。また、どちらも水辺環境を必要とする昆虫です。
これだけ違いがある両者ですが、生物学的には非常に近い親戚です。
- 分類: どちらもトンボ目・カワトンボ科に属する近縁種です。国立科学博物館などの分類体系でも、その近さが示されています。
- 形態: イトトンボのように細長い胴体と、ヤンマやシオカラトンボと違って、前後の翅がほぼ同じ形と大きさである点が共通しています。
- 止まり方: 多くのトンボ(ヤンマやアカネ属など)が翅を開いて止まるのに対し、カラストンボやハグロトンボは、翅を閉じて背中の上で立てるようにして止まります(※開いて止まることもあります)。
- 生態: 幼虫(ヤゴ)が水生であり、成虫が肉食性である点も共通しています。
体験談:お盆に現れた黒い翅の訪問者
僕が子供の頃、夏休みを田舎の祖母の家で過ごすのが恒例でした。
縁側でスイカを食べていると、どこからともなく1匹の黒いトンボが庭先に現れ、ヒラヒラと弱々しく飛んでは、物干し竿の先にフワリと止まりました。
「あ、トンボ!」と僕が捕まえようとすると、祖母が「ダメダメ、それは神様トンボ(ハグロトンボ)だよ。お盆にご先祖様を連れてきてくれたんだから、捕っちゃバチが当たるよ」と真剣な顔で言いました。
そのトンボは、僕が夏休みの図鑑で見ていたシオカラトンボやオニヤンマとは全く違い、まるで黒いレースの衣装をまとった踊り子のようでした。その体が、夕日に透けて鮮やかな緑色に輝いていたのを今でも覚えています。あれはハグロトンボのオスだったんですね。
一方、カラストンボに出会ったのは、もっと大きくなってから、友人と山奥へ渓流釣りに行った時です。
薄暗い沢沿いの木漏れ日の中、岩の上に静かに止まるその姿は、ハグロトンボの優雅さとは違う、漆黒の忍者のような精悍(せいかん)さがありました。
同じ黒い翅でも、平地で出会う「神様」と、渓流で出会う「忍者」。この生息環境の違いこそが、彼らの最大の違いなのだと実感した体験です。
「カラストンボ」と「ハグロトンボ」に関するよくある質問
Q: ハグロトンボのオスとメスの見分け方は?
A: オスは体が鮮やかな金属緑色をしています。メスは全体的に黒褐色で、オスのような金属光沢はありません。翅の色はどちらも黒褐色です。
Q: カラストンボは珍しいトンボですか?
A: 生息環境(きれいな渓流)が限られているため、平地では見かけることはまずありません。しかし、適切な環境(山地の渓流沿い)に行けば、決して珍しいトンボではなく、普通に見られます。
Q: ハグロトンボが家に入ってきたら、どうすればいいですか?
A: 縁起の良い「神様トンボ」「仏トンボ」として、ご先祖様の使いと言われることもあります。無理に追い出したりせず、自然に出ていくのを見守るのが良いでしょう。もちろん、科学的な害は一切ありません。
Q: 黒い翅のトンボは他にいますか?
A: はい、他にもいます。例えば「アオハダトンボ」のオスは、翅は黒っぽいですが付け根から半分くらいまでが無色透明で、胴体は青白い粉で覆われています。生息域はハグロトンボと重なることもあります。翅全体が真っ黒なら、カラストンボかハグロトンボの可能性が高いです。
「カラストンボ」と「ハグロトンボ」の違いのまとめ
カラストンボとハグロトンボ、どちらも日本の美しい水辺を象徴する昆虫ですが、その違いは明確でした。
- 生息域が決定的に違う:カラストンボは「山地の渓流」、ハグロトンボは「平地の水路や川」。
- オスの体色が違う:カラストンボは黒っぽい体、ハグロトンボのオスは鮮やかな「金属緑色」。
- 飛び方が違う:ハグロトンボは蝶のように「ヒラヒラ」飛ぶ。
- 文化的な意味が違う:ハグロトンボは「神様トンボ」と呼ばれ、お盆の時期にご先祖様の使いとして親しまれている。
次に黒い翅のトンボを見かけたら、そこが「山」なのか「平地」なのか、そしてオスなら「体の色」をチェックしてみてください。すぐにどちらか見分けがつくはずです。
トンボをはじめとする生物その他の違いを知ることで、いつもの散歩道も新たな発見に満ちたフィールドに変わるかもしれませんよ。