「すいっちょん」と「バッタ」。どちらも秋の草むらの代表的な昆虫ですが、実は分類学上も生態も全く異なるグループです。
「すいっちょん」は主にキリギリスの仲間(ウマオイなど)の鳴き声に由来する俗称で、「バッタ」はバッタ目の昆虫を指します。この記事を読めば、鳴き声、触角の長さ、活動時間、食性など、両者の決定的な違いがスッキリわかります。
【3秒で押さえる要点】
- 分類と触角:すいっちょん(ウマオイ)は「キリギリス科」(長角亜目)で触角が非常に長い。バッタは「バッタ科」(短角亜目)で触角が短い。
- 生態:すいっちょん(ウマオイ)は主に夜行性で、他の昆虫も食べる雑食。バッタは昼行性で、植物だけを食べる草食。
- 鳴き声:すいっちょん(ウマオイ)は「スイッチョン」と翅(はね)同士をこすって夜に鳴く。バッタは「キチキチ」と翅と脚をこすって昼に鳴く(種による)。
| 項目 | すいっちょん(ウマオイなど) | バッタ(トノサマバッタなど) |
|---|---|---|
| 分類・系統 | バッタ目(直翅目) キリギリス科(長角亜目) | バッタ目(直翅目) バッタ科(短角亜目) |
| 形態的特徴(触角) | 非常に長い(体長より長いことが多い) | 短い(体長よりかなり短い) |
| 形態的特徴(耳) | 前脚(脛節)にある | 腹部(第1腹節)にある |
| 行動・生態(活動時間) | 主に夜行性 | 主に昼行性 |
| 行動・生態(食性) | 肉食傾向の雑食(他の昆虫、植物の葉など) | ほぼ草食(イネ科植物など) |
| 鳴き方(オス) | 前翅(はね)同士をこすり合わせる | 前翅(はね)と後ろ脚をこすり合わせる(種による) |
| 鳴き声(代表例) | 「スイッチョン、スイッチョン」(ウマオイの場合) | 「キチキチキチ…」(トノサマバッタの場合) |
形態・見た目とサイズの違い
最大の見分け方は「触角の長さ」です。すいっちょん(ウマオイ)はキリギリスの仲間で、触角が体よりも非常に長くなります。一方、バッタは触角が短く、太いです。また、耳の位置も違い、すいっちょんは前脚、バッタは腹部にあります。
草むらで緑色や褐色の虫が跳ねると、私たちはつい「バッタだ!」と思ってしまいがちですが、すいっちょん(ウマオイ)とバッタには明確な見た目の違いがあります。
最大の違いは「触角の長さ」です。
生物学的に、バッタ目(直翅目)は触角の長さで大きく二つのグループに分けられます。
- 長角亜目(ちょうかくあもく):キリギリスやコオロギ、そして「すいっちょん」ことウマオイがここに含まれます。その名の通り、触角が糸のように細く、体長よりも長くなるのが特徴です。
- 短角亜目(たんかくあもく):トノサマバッタやイナゴなど、いわゆる「バッタ」はこちらです。触角は短く、太いのが特徴です。
もし捕まえた虫の触角が、ヒゲのようにビヨーンと長ければ、それは「すいっちょん」の仲間です。もし触角が短ければ、それは「バッタ」の仲間です。
さらにマニアックな見分け方として、「耳の位置」があります。
すいっちょん(ウマオイ)を含むキリギリスの仲間は、なんと前脚(人間のヒザあたり)に耳の穴(鼓膜器官)があります。一方、バッタの仲間は、お腹の側面(後ろ脚の付け根あたり)に耳があります。
体の色合いは、すいっちょん(ウマオイ)は草の上で生活することが多いため鮮やかな緑色(緑色型)が基本ですが、褐色(褐色型)のものもいます。バッタは地面の色に合わせた褐色の種が多いですが、ショウリョウバッタのように緑色のものも多く、色だけでの判別は難しい場合があります。
行動・生態・ライフサイクルの違い
活動時間と食性が決定的に異なります。すいっちょん(ウマオイ)は主に夜行性で、他の昆虫を捕食する肉食傾向の雑食です。バッタは昼行性で、植物の葉や茎を食べる草食です。
見た目以上に異なるのが、彼らの生態とライフスタイルです。
まず、活動時間が真逆です。
バッタは、太陽が照りつける日中に、草むらを元気に跳ね回って活動する昼行性です。
一方、すいっちょん(ウマオイ)は、敵の鳥などに見つかりにくい夜間に活動する夜行性です。
そして、この違いは「鳴き声」にも表れます。
「すいっちょん」という名前は、ウマオイのオスが鳴く「スイッチョン、スイッチョン」という特徴的な音に由来します。彼らは夜に、前翅(はね)同士をこすり合わせてメスを呼びます。
バッタの仲間もオスが鳴きますが、トノサマバッタなどは昼間に、前翅と後ろ脚をこすり合わせて「キチキチキチ…」と鳴きます(鳴き声は種によって異なります)。
食性も全く違います。
バッタは、イネ科植物などを好む完全な「草食」です。その旺盛な食欲は、時に「蝗害(こうがい)」と呼ばれる大規模な農業被害を引き起こすほどです。
対して、すいっちょん(ウマオイ)は、植物の葉も食べますが、他の小さな昆虫を捕らえて食べる肉食傾向の強い「雑食」です。鋭いアゴで獲物を捕らえるハンターの一面を持っています。
どちらも卵で冬を越し、春から初夏に孵化(ふか)し、幼虫は脱皮を繰り返します(不完全変態)。そして夏から秋にかけて羽化(うか)して成虫になります。
生息域・分布・環境適応の違い
どちらも日本全国の草むらや草原に生息していますが、好む環境が少し異なります。すいっちょん(ウマオイ)は背の高い草が生い茂る湿った草地を好みます。バッタは比較的開けた明るい草原や、乾燥した草地を好む種が多いです。
すいっちょん(ウマオイ)もバッタも、日本全国の身近な自然環境に生息しています。公園、河川敷、畑のあぜ道、空き地など、草が生えている場所ならどこでも出会うチャンスがあります。
ただし、好む「草むらのタイプ」に少し違いが見られます。
すいっちょん(ウマオイ)は、キリギリスの仲間と同様に、背の高い草が生い茂り、ある程度湿り気のある環境を好みます。これは、彼らが草の上で獲物を待ち伏せたり、夜間に鳴き声の縄張りを主張したりする生態と関係しています。
一方、バッタの仲間(特にトノサマバッタなど)は、比較的背が低く、日当たりの良い開けた草原や、乾燥した草地を好みます。彼らは地面を跳ね回って移動し、エサとなる植物を探すため、開けた環境の方が活動しやすいのです。
危険性・衛生・法規制の違い
どちらも人間に直接的な危険(毒など)はありません。ただし、すいっちょん(ウマオイ)は肉食性のため、捕まえると強く噛みつくことがあり、注意が必要です。バッタ(特にトノサマバッタなど)は大量発生すると農作物に深刻な被害(蝗害)をもたらす農業害虫として知られています。
どちらの昆虫も、毒を持っているわけではないため、触れること自体に危険はありません。
ただし、すいっちょん(ウマオイ)を捕まえる際には注意が必要です。彼らは肉食傾向が強く、アゴの力が非常に発達しています。不用意に指を差し出すと強く噛みつかれ、時には出血するほどの痛みを感じることがあります。
バッタの危険性は、人間個人に対してではなく、「農業」に対して発揮されます。
バッタ類(特にトノサマバッタや海外のサバクトビバッタ)は、特定の条件下で大発生すると「相変異(そうへんい)」を起こし、群れで移動しながらあらゆる農作物を食い尽くす「蝗害(こうがい)」を引き起こします。農林水産省なども警戒する、世界的な農業害虫(のうぎょうがいちゅう)の一つです。
法規制に関しては、どちらも在来種であり、特定外来生物のような指定は受けていません。
文化・歴史・人との関わりの違い
「すいっちょん」は、その特徴的な鳴き声から夏の終わり〜秋の風物詩として、古くから親しまれてきました。江戸時代には虫の音(ね)を楽しむ文化があり、飼育対象にもなりました。バッタは、日本ではイナゴなどが食用(佃煮など)とされてきた歴史があります。
日本人とこれら二つの昆虫との関わり方は、対照的です。
「すいっちょん(ウマオイ)」は、その鳴き声が「スイッチョン、スイッチョン」と聞こえることから、秋の訪れを告げる「鳴く虫」として古くから親しまれてきました。一説には、その音が機織り(はたおり)の音や、馬を追う「馬追(うまおい)」の声に似ていることから名付けられたとも言われます。江戸時代には、スズムシやマツムシなどと共に、その鳴き声を楽しむために飼育されることもありました。
一方、「バッタ」との関わりは、より実利的なものでした。
日本では、バッタの仲間である「イナゴ」を、古くから貴重なたんぱく源として食用にしてきました(昆虫食)。佃煮(つくだに)などは、今でも一部の地域で郷土料理として残っています。
また、世界史的に見れば、バッタは農作物を食い荒らす「蝗害」の象徴であり、古くから人々にとって脅威の対象でもありました。
「すいっちょん(ウマオイ)」と「バッタ」の共通点
見た目や生態は異なりますが、どちらも「バッタ目(直翅目)」に属する昆虫です。また、強力な後ろ脚を持ち、ジャンプが得意であること、オスが鳴いてメスを呼ぶ行動をとること(鳴き方は異なる)も共通しています。
全く違う生態を持つ両者ですが、生物学的なルーツをたどると共通点も見えてきます。
最大の共通点は、どちらも「バッタ目(直翅目)」という大きな昆虫グループの仲間であることです。このグループが、触角の長さによって長角亜目(キリギリス亜目=すいっちょん)と短角亜目(バッタ亜目=バッタ)に分かれているのです。
そのため、以下の基本的な特徴を共有しています。
- 強力な後ろ脚:どちらも長く太い後ろ脚を持ち、跳躍(ジャンプ)が得意です。
- 不完全変態:サナギの時期を経ず、幼虫が脱皮を繰り返して成虫の姿になります。
- 発音行動:オスが翅や脚を使って音を出し、メスへのアピールや縄張り主張を行います(ただし、音を出す仕組みや時間帯は異なります)。
- 口の形:どちらも植物や獲物をかじるための、発達した「噛む口(咀嚼型口器)」を持っています。
国立科学博物館などで昆虫の分類展示を見ると、彼らが「近くて遠い親戚」であることがよくわかります。
ガチャガチャという音の正体
僕が子供の頃、夏休みの夜になると、家の近くの草むらから決まって「スイッチョン、スイッチョン」という鳴き声が聞こえてきました。祖父から「あれが “すいっちょん” だよ」と教えられ、姿は見えないけれど音は聞こえる、不思議な存在として認識していました。
ある時、昼間に草むらで大きな緑色の虫を捕まえました。それはトノサマバッタよりもスマートで、何よりヒゲ(触角)が信じられないくらい長い虫でした。僕はそれを「長いヒゲのバッタ」だと思い、虫かごに入れて家に持ち帰りました。
その夜、事件が起きました。
寝静まった深夜、僕の部屋から「ガチャ!ガチャ!ガチャガチャ!」と、何か硬いプラスチックを激しくぶつけるような、とんでもない大音量が響き渡ったのです。家族全員が飛び起きるほどの騒音でした。
音の正体は、昼間捕まえたあの「長いヒゲのバッタ」でした。彼は虫かごの中で、猛烈な勢いで翅をこすり合わせ、あの「スイッチョン」とは似ても似つかない、すさまじい音量で鳴いていたのです。(※ウマオイは「スイッチョン」と鳴くほか、「ガチャガチャ」と激しく鳴くこともあります)
昼間に見るバッタとは全く違う、夜行性のハンターの姿。そして、あの風流な「スイッチョン」という俗称からは想像もつかない、機械的な大音量。この瞬間に、「すいっちょん」と「バッタ」が全く別物であることを、僕は恐怖と共に叩き込まれました。
「すいっちょん(ウマオイ)」と「バッタ」に関するよくある質問
Q: 「すいっちょん」って正式な名前じゃないの?
A: 「すいっちょん」は鳴き声に由来する俗称(愛称)です。生物学的な標準和名ではありません。一般的にはキリギリス科の「ウマオイ」という昆虫を指すことが多いです。地域によっては他の鳴く虫を指す場合もあります。
Q: キリギリスとバッタの違いは?
A: キリギリスは「すいっちょん(ウマオイ)」と同じ長角亜目の仲間です。キリギリスも触角が長く、夜行性で雑食(肉食傾向が強い)です。「ギース、チョン」と鳴きますね。バッタは短角亜目で触角が短く、昼行性で草食です。
Q: すいっちょん(ウマオイ)は飼育できますか?
A: はい、飼育可能です。ただし、食性が肉食傾向の雑食である点に注意が必要です。リンゴやナスなどの野菜や草だけでなく、カツオブシ、煮干し、昆虫ゼリー、あるいは他の小さな昆虫(餌用コオロギなど)といった動物性タンパク質を与えないと、共食いをしたり弱ったりすることがあります。
「すいっちょん(ウマオイ)」と「バッタ」の違いのまとめ
「すいっちょん」と「バッタ」。どちらも同じ草むらの住人ですが、その正体は全く異なる生態を持つ昆虫でした。
- 分類と見た目:すいっちょん(ウマオイ)は「キリギリス科」(長角亜目)で触角が長い。バッタは「バッタ科」(短角亜目)で触角が短い。
- 生態:すいっちょんは夜行性で肉食傾向の雑食。バッタは昼行性で完全な草食。
- 鳴き方:すいっちょんは夜に翅同士をこすり(スイッチョン)、バッタは昼に翅と脚をこする(キチキチ)。
- 人との関わり:すいっちょんは「鳴き声」を楽しまれ、バッタは「食用」や「害虫」として認識されてきた。
この違いを知ってから秋の夜に耳を澄ませば、「スイッチョン」という鳴き声が、ただの虫の声ではなく、夜のハンターの主張に聞こえてくるかもしれませんね。身近な生物その他に関する違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。