「アイヌ犬(アイヌけん)」と「北海道犬(ほっかいどうけん)」、名前が違うから別の犬種?それとも何か違いがあるの?と混乱してしまいますよね。
結論から言うと、この2つの名前は、基本的に同じ犬種を指しています。「アイヌ犬」がアイヌ民族と深く関わってきた歴史的な旧称であり、「北海道犬」が国の天然記念物に指定された際の現在の正式な呼称(犬種名)です。
つまり、両者の間に犬種としての違いはありません。しかし、なぜ呼び名が変わったのか、そしてこの犬種がどのような特性を持っているのかを知ることは、彼らを理解する上で非常に重要です。この記事では、呼び名の謎から、その魅力的ながらも野性味あふれる性格、飼育上の注意点までをスッキリ解説します。
【3秒で押さえる要点】
- 呼び名:「アイヌ犬」は旧称・通称、「北海道犬」は現在の正式な犬種名です。
- 犬種:両者は同じ犬種を指しており、国の天然記念物に指定された日本犬6種のうちの1種です。
- 特徴:日本犬の中では中型犬に分類され、飼い主に非常に忠実ですが、野性味が強く頑固なため飼育難易度は高い(上級者向け)です。
| 項目 | 北海道犬(Hokkaido Inu) |
|---|---|
| 呼称の違い | 北海道犬:現在の正式な犬種名(1937年天然記念物指定時に命名) アイヌ犬:旧称・通称(アイヌ民族と暮らしてきた歴史に由来) |
| 分類・系統 | 日本犬・中型犬・スピッツタイプ |
| サイズ(体高) | オス:48.5〜51.5cm / メス:45.5〜48.5cm |
| サイズ(体重) | 15〜30kg 程度(個体差あり) |
| 行動・性質 | 飼い主に絶対的に忠実。勇敢で警戒心が非常に強い。野性味、独立心、頑固さが際立つ。 |
| 飼育難易度 | 非常に高い(上級者向け)。強い力と警戒心を制御する専門的訓練と理解が必須。 |
| 寿命 | 13〜15年程度 |
| かかりやすい病気 | 股関節形成不全、コリー眼異常(CEA)、皮膚疾患 |
| 天然記念物指定 | 1937年(昭和12年)に「北海道犬」として指定 |
「アイヌ犬」と「北海道犬」は同じ犬種?呼び名と歴史の背景
「アイヌ犬」と「北海道犬」は、犬種としては全く同じ犬を指します。「アイヌ犬」はアイヌ民族と共にヒグマ猟などで活躍してきた歴史的背景を持つ呼び名(旧称)です。1937年に国の天然記念物に指定される際、地名に基づき「北海道犬」という正式名称が制定されました。
まず最大の疑問ですが、「アイヌ犬」と「北海道犬」は別の犬種なのでしょうか?
答えは「いいえ」です。これら2つの呼び名は、同一の犬種を指しています。
では、なぜ2つの名前が存在するのでしょうか。それは歴史的背景にあります。この犬種は、北海道の先住民族であるアイヌ民族によって古くから飼育され、ヒグマやエゾシカなどの大型獣の狩猟(マタギ猟)において不可欠なパートナーとして活躍してきました。アイヌ語では「セタ」などと呼ばれていましたが、和人からはその歴史的経緯から「アイヌ犬」と呼ばれるようになりました。
しかし、1937年(昭和12年)に国の天然記念物に指定される際、「アイヌ犬」という呼称ではなく、原産地の地名に基づき「北海道犬(ほっかいどうけん)」という名称が正式に制定されました。
したがって、現在「北海道犬」と呼ばれる犬種が、かつて「アイヌ犬」と呼ばれていた犬種そのものなのです。現在でも歴史的背景への敬意や親しみを込めて「アイヌ犬」と呼ぶ人もいますが、犬種名としては「北海道犬」が正式となります。
見た目とサイズの特徴(共通点)
北海道犬(アイヌ犬)は、日本犬の中では「中型犬」に分類されます。柴犬より大きく、秋田犬より小さいサイズです。立ち耳、巻き尾、厚いダブルコート(二重被毛)といったスピッツタイプの特徴を持ち、がっしりとした体格と野性味のある精悍な顔つきが魅力です。
北海道犬(アイヌ犬)は、日本犬保存会が定める日本犬標準において「中型犬」に分類されます。これは、日本犬6種(秋田犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、柴犬、北海道犬)のうち、秋田犬(大型)、柴犬(小型)を除く4犬種が属するグループです。
具体的なサイズ(体高)は、オスで48.5〜51.5cm、メスで45.5〜48.5cmが標準とされています。体重は個体差がありますが、おおむね15kg〜30kg程度と、柴犬(約7〜11kg)と比べると明らかに大きく、がっしりとした体格をしています。
見た目は、ピンと立った三角形の耳、背中に巻いた尾(巻き尾または差し尾)、そして寒さに強い厚いダブルコート(二重被毛)といった、オオカミに近い原始的なスピッツタイプの犬種に共通する特徴を持っています。
顔つきは精悍で野性味があり、額はやや広く、目はキリッとした三角形に近い形をしています。ソフトバンクのテレビCMに登場した「カイくん」のおかげで白い個体(白毛)のイメージが強いですが、毛色は他にも赤、黒、虎、胡麻など多様です。どの毛色でも、北国の厳しい自然環境で猟犬として活躍してきた力強さを感じさせます。
性格・行動特性としつけの難易度
性格は「飼い主への絶対的な忠誠心」と「強い野性味・頑固さ」が同居しています。家族と認めた相手には非常に従順ですが、警戒心と防衛本能が極めて強く、独立心も旺盛です。そのため、飼育難易度は非常に高く、初心者には絶対におすすめできません。
北海道犬(アイヌ犬)の性格を語る上で最も重要なキーワードは、「飼い主(家族)への絶対的な忠誠心」です。一度信頼関係を築いた飼い主に対しては、命をかけて守ろうとするほどの深い愛情と従順さを示します。
しかし、その愛情は非常に限定的です。ヒグマなどの大型獣にも臆せず立ち向かっていった猟犬としてのルーツから、警戒心、防衛本能、縄張り意識が他の犬種と比べても突出して強い傾向があります。家族以外の人や他の犬に対しては、非常に強い警戒心を見せることが多く、社会化訓練が不十分だと攻撃的になる可能性も秘めています。
また、自ら判断して猟を行ってきた歴史から、独立心が非常に強く、頑固な一面も持ち合わせています。飼い主の指示を理解していても、納得しなければ従わないことがあります。
これらの特性から、北海道犬(アイヌ犬)のしつけは非常に難易度が高いです。CMの愛らしい姿だけを見て安易に飼い始めると、その力の強さと野性味の強さに対応しきれなくなる可能性が非常に高いです。子犬の頃からの徹底した社会化訓練と、犬の強い意志に負けない一貫したリーダーシップが取れる、経験豊富な上級者向けの犬種と言えます。
寿命・健康リスク・かかりやすい病気
平均寿命は13〜15年程度と、中型犬としては平均的です。遺伝的な疾患として、コリー系の犬種に多い「コリー眼異常(CEA)」が好発することが知られています。また、中型犬特有の「股関節形成不全」や皮膚疾患にも注意が必要です。
北海道犬(アイヌ犬)の平均寿命は、13〜15年程度とされています。これは中型犬としては平均的な長さです。
健康面で特に注意が必要なのが、遺伝的な眼の疾患である「コリー眼異常(CEA)」です。これは名前の通りコリー系の犬種に多く見られる病気ですが、北海道犬も好発犬種(かかりやすい犬種)として知られています。眼の奥にある脈絡膜や網膜の発育に異常が起こる病気で、軽度であれば視力に影響はありませんが、重度になると網膜剥離や失明に至る可能性もあります。迎える際には、ブリーダーに親犬の遺伝子検査(クリアランス)情報を確認することが非常に重要です。
また、中型犬〜大型犬に共通のリスクとして「股関節形成不全」にも注意が必要です。成長期に関節がうまく形成されず、歩行に異常が出たり痛みを伴ったりします。
その他、厚いダブルコートを持つため、高温多湿な環境では皮膚が蒸れやすく、「アレルギー性皮膚炎」などの皮膚疾患にもかかりやすい傾向があります。定期的なブラッシングと、適切な温度・湿度管理が求められます。
なぜ呼び名が違う?歴史的背景と天然記念物指定
この犬種は、アイヌ民族が北海道移住の際に同伴した犬が祖先とされ、ヒグマ猟の猟犬として長く「アイヌ犬」と呼ばれてきました。1937年(昭和12年)に国の天然記念物に指定される際、当時の文部省が地名に基づき「北海道犬(ほっかいどうけん)」と命名したため、現在ではこれが正式名称となっています。
前述の通り、「アイヌ犬」と「北海道犬」は同じ犬種ですが、なぜ呼び名が変わったのか、その歴史的背景は非常に興味深いものです。
北海道犬のルーツは、縄文時代に縄文人が本州から北海道へ移住する際に同伴した「縄文犬(マタギ犬)」にあると考えられています。その後、北海道の厳しい自然環境と、アイヌ民族によるヒグマ猟などの使役目的によって、他の日本犬とは異なる独自の進化を遂げたとされています。
アイヌ民族はこの犬を「セタ」や「シタ」と呼び、家族同然に大切にしながら、猟のパートナーとして、また時には熊(キムンカムイ)からの守り神として頼りにしてきました。和人(本州からの移住者)は、この犬がアイヌ民族によって飼育されていることから「アイヌ犬」と呼ぶようになりました。
昭和に入り、日本犬の保存運動が高まる中で、この「アイヌ犬」もその優れた特性から注目を集めます。そして1937年(昭和12年)、国の天然記念物に指定されることになりました。その際、当時の文部省(現在の文部科学省)が、アイヌ民族の名称を冠するのではなく、原産地の地名である「北海道」を用いて「北海道犬(ほっかいどうけん)」と命名しました。
これが、「アイヌ犬」と「北海道犬」という2つの呼び名が存在する理由です。「北海道犬」が正式名称ですが、「アイヌ犬」という呼び名には、アイヌ民族とこの犬種との深い歴史的な絆が込められています。
北海道犬(アイヌ犬)を迎えるには?ライフスタイル別おすすめ
「アイヌ犬」と「北海道犬」は同じ犬種のため、「どっちを選ぶ」という選択はありません。北海道犬を迎えるには、犬の飼育、特に日本犬や猟犬の飼育経験が豊富な「上級者」であることが望ましいです。体力、時間、知識、そして犬の頑固な気質に負けない忍耐力とリーダーシップが求められます。
「アイヌ犬と北海道犬、どっちを選ぶべき?」という問いは、両者が同じ犬種であるため成り立ちません。あなたが家族に迎えようと検討しているのは「北海道犬」であり、それは「アイヌ犬」とも呼ばれてきた犬種です。
では、北海道犬(アイヌ犬)はどのような人におすすめできるのでしょうか?
【北海道犬(アイヌ犬)がおすすめな人】
- 犬の飼育経験、特に日本犬や猟犬気質の犬種の飼育・訓練経験が豊富な「上級者」である
- 中型犬の強い力を制御できる体力がある
- 毎日の十分な運動(最低1〜2時間の散歩や運動)に時間を割ける
- 犬の強い警戒心、独立心、頑固さを深く理解し、それを受け入れられる
- 子犬の頃から根気強く社会化訓練を行い、一貫したリーダーシップを取り続けることができる
- 家族以外には懐かない「ワンオーナードッグ」の性質を理解している
初めて犬を飼う人、体力に自信のない人、集合住宅に住む人(※運動量を確保できれば不可能ではないが困難)、しつけに十分な時間を割けない人には、北海道犬の飼育は絶対におすすめできません。彼らの忠誠心は絶対的ですが、その野性味と力を正しく導けなければ、飼い主も犬も不幸になってしまいます。
僕が出会った北海道犬(アイヌ犬)の“野性味”(体験談)
僕は以前、取材で北海道犬のブリーダーさんを訪ねたことがあります。そこには数頭の北海道犬がいましたが、柴犬や秋田犬とも違う、独特の「野性」の空気を感じたのを覚えています。
彼らはむやみに吠えたりはしません。ただ、僕のような見知らぬ人間を、一切の油断なく、値踏みするようにじっと見つめてくるのです。その目は、ペット化された犬というより、山に住むオオカミに近いものを感じさせました。
ブリーダーさんが「この子は大丈夫だ」と紹介してくれた一頭を撫でさせてもらったのですが、その毛は柴犬よりも硬くゴワゴワしており、筋肉は岩のように硬質でした。
飼い主であるブリーダーさんには尻尾を振って甘える姿を見せる一方で、僕が少しでも急な動きをしようものなら、瞬時に視線が鋭くなるのが分かりました。あれは「番犬」というレベルを超えた、「猟師の相棒」としての本能的な警戒心なのだと直感しました。
柴犬の魅力が「人間に媚びない独立心」だとすれば、北海道犬(アイヌ犬)の魅力は「人間を試すような鋭い野性」にあるのかもしれない、と感じた体験です。
「アイヌ犬」と「北海道犬」に関するよくある質問
Q: ソフトバンクのお父さん犬(カイくん)は、アイヌ犬ですか?北海道犬ですか?
A: どちらも同じ犬種を指しますが、正式な犬種名としては「北海道犬」です。カイくんやその子供たち(カイトくん、カイキくん)は北海道犬の白毛のオスで、あのCMによって北海道犬の知名度が一気に上がりました。
Q: 結局、「アイヌ犬」と「北海道犬」はどちらが正しい呼び方ですか?
A: 犬種名としての正式名称は「北海道犬(ほっかいどうけん)」です。1937年に天然記念物に指定された際に制定されました。「アイヌ犬」はそれ以前の歴史的な呼称(旧称)ですが、現在でも通称として使われることがあります。
Q: 柴犬や秋田犬との違いは何ですか?
A: 最大の違いはサイズです。柴犬は「小型犬」、北海道犬は「中型犬」、秋田犬は「大型犬」に分類されます。性格面では、北海道犬は柴犬や秋田犬以上に、猟犬としての野性味や警戒心、頑固さが強い傾向にあるとされています。
Q: 北海道犬(アイヌ犬)は初心者でも飼えますか?
A: いいえ、初心者には絶対におすすめできません。非常に高い忠誠心を持つ反面、極めて強い警戒心、頑固さ、そして中型犬としての力を持っています。その特性を理解し、適切にコントロールできる犬の飼育経験が豊富な上級者向けの犬種です。
「アイヌ犬」と「北海道犬」の違いのまとめ
「アイヌ犬」と「北海道犬」、2つの呼び名がある理由とその犬種の魅力について、お分かりいただけたかと思います。
- 呼び名の違いが最大の違い:両者は同じ犬種を指し、「アイヌ犬」は旧称、「北海道犬」は正式名称。
- サイズ:日本犬の中では「中型犬」に分類される。
- 性格:飼い主(家族)にのみ絶対的な忠誠心を見せるが、野性味、警戒心、頑固さが非常に強い。
- 飼育難易度:その特性から、しつけや社会化が非常に難しく、犬の飼育上級者向けである。
- 歴史:アイヌ民族の猟犬として活躍し、1937年に天然記念物に指定された。
もし家族として迎えることを検討するなら、その愛らしい姿だけでなく、彼らが持つ厳しい自然を生き抜いてきた「野性」と「誇り」を深く理解し、生涯をかけてその気質と向き合う覚悟が必要です。日本犬の魅力や、他のペット・飼育に関する違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。
参考文献(公的一次情報)
- 公益社団法人 日本犬保存会(https://www.nihonken-hozonkai.or.jp/) – 日本犬標準の分類について
- (参考)環境省(https://www.env.go.jp/) – 動物の愛護と適切な管理について