「ガムシ」と「ゲンゴロウ」、どちらも水田や池で見かける黒くてカッコいい水生昆虫の代表格ですね。
見た目が似ているため混同されがちですが、実は食性、泳ぎ方、体の構造が全く異なるグループ。最も簡単な答えは、ガムシが主に水草などを食べる「草食」であるのに対し、ゲンゴロウは小魚やオタマジャクシを捕食する獰猛な「肉食」だということです。
この違いが、彼らの生態や飼育(観察)の難易度、さらには法的な取り扱いにも大きな差を生んでいます。この記事を読めば、水辺で見つけたその黒い甲虫がどちらなのか、一瞬で見分ける知識から、環境保全の重要性までスッキリと理解できますよ。
まずは、両者の決定的な違いを比較表で押さえましょう。
【3秒で押さえる要点】
- 食性:ガムシは「草食(水草や藻類)」、ゲンゴロウは「肉食(小魚、オタマジャクシ、水生昆虫など)」です。
- 泳ぎ方:ガムシは左右の脚を交互に動かして「歩くように」泳ぎますが、ゲンゴロウは後ろ脚を左右同時に動かして「ボートのように」力強く泳ぎます。
- 規制:ガムシは普通種が多いですが、ゲンゴロウ類の多くは絶滅危惧種に指定され、採集が法的に規制されている場合があります。
| 項目 | ガムシ | ゲンゴロウ |
|---|---|---|
| 分類 | コウチュウ目 ガムシ科 | コウチュウ目 ゲンゴロウ科 |
| サイズ(代表種) | ガムシ:約30〜40mm | ナミゲンゴロウ:約30〜40mm |
| 体の形 | 舟形で、やや盛り上がりが強い | 流線形で、より扁平 |
| 触角 | 短く、先端がこん棒状 | 長く、糸状(ヒゲ状) |
| 胸部(腹側) | 胸部に鋭いトゲ(胸骨突起)がある | トゲはない |
| 泳ぎ方 | 左右の脚を交互に動かす(クロール風) | 左右の後ろ脚を同時に動かす(平泳ぎ風) |
| 食性 | 草食性(水草、藻類、デトリタスなど) | 肉食性(小魚、オタマジャクシ、他の水生昆虫など) |
| 呼吸法(空気) | 腹部全体に空気の膜をまとう(銀色に見える) | 上翅(はね)の先とお尻の間に気泡を溜める |
| 危険性 | ほぼ無害 | 肉食性で、噛みつくことがある |
| 法規制(代表種) | 特になし(ガムシ) | ナミゲンゴロウは環境省RLで絶滅危惧II類 |
形態・見た目とサイズの違い
どちらも3〜4cmほどの種が代表的ですが、体型が異なります。ガムシは体が盛り上がった「舟形」で、胸の腹側に鋭いトゲを持ちます。ゲンゴロウはより扁平な「流線形」で、泳ぐのに適したオール状の後ろ脚が特徴です。触角もガムシは短く、ゲンゴロウは長いです。
水辺で同じような大きさの黒い甲虫を見つけたら、まずその「体型」と「胸のトゲ」に注目してください。
ガムシ(代表種のナミガムシを指すことが多い)は、体長が約30〜40mm。体は黒く光沢があり、全体的に丸みを帯びていますが、ゲンゴロウに比べると背中が盛り上がった「舟形」をしています。最大の見分けポイントは、お腹側(腹面)の胸部に、後ろ向きの鋭いトゲ(胸骨突起)があることです。これはゲンゴロウにはない決定的な特徴です。
一方のゲンゴロウ(代表種のナミゲンゴロウ)も、体長は約30〜40mmとガムシとほぼ同じサイズ感です。しかし、体型は水中を高速で泳ぐために、より扁平(ひらべったい)な「流線形」をしています。また、後ろ脚が太く発達し、たくさんの毛が生えてボートのオールのようになっているのが特徴です。
顔つきも違います。ガムシの触角は非常に短く、先端がこん棒状になっていますが、ゲンゴロウの触角は長くて細い「糸状(ヒゲ状)」です。この触角の違いも、両者を見分ける確実なポイントとなります。
行動・生態・ライフサイクルの違い
生態の違いは決定的です。ガムシは「草食」で水草などを食べ、泳ぎは左右の脚を交互に動かす「クロール風」です。ゲンゴロウは「肉食」で小魚などを襲い、泳ぎは左右の脚を同時に動かす「平泳ぎ風」で非常にスピーディーです。
もし水中で動いている姿を観察できるなら、その「泳ぎ方」と「食事」を見れば一目瞭然です。
まず、泳ぎ方が全く違います。ガムシは、水中でも陸上と同じように、左右の脚を交互に動かして「歩くように」泳ぎます。そのため、泳ぎはあまりスピーディーではありません。一方、ゲンゴロウは、水中を高速で移動するために、発達した左右の後ろ脚を同時に動かして水を掻きます。まさに「平泳ぎ」のような力強い泳ぎ方で、水生昆虫界のトップスイマーです。
食性も正反対です。ガムシは基本的に「草食性」(または雑食性)で、水草や藻類、水底に溜まったデトリタス(生物の死骸や排出物などが細かく分解されたもの)などを食べています。幼虫も肉食性は強くありません。対照的に、ゲンゴロウは獰猛な「肉食性」です。成虫も幼虫も、鋭いアゴを持ち、自分より大きな小魚やオタマジャクシ、ヤゴなども捕食する、水中のハンターです。
呼吸の方法もユニークな違いがあります。どちらも空気呼吸のため定期的に水面に上がる必要がありますが、空気の貯め方が異なります。ゲンゴロウは、お尻の先(上翅の先端)に気泡(空気の玉)をつけて潜ります。ガムシは、腹部全体に微細な毛があり、そこに空気の膜をまとって潜ります。この空気膜が光に反射して銀色に輝くため、ガムシのお腹は「銀ピカ」に見えることがあります。
生息域・分布・環境適応の違い
どちらも全国の水田、池沼、湿地などの止水域(水の流れが少ない場所)に生息します。ガムシは比較的広い環境に適応していますが、ゲンゴロウ類は水質の悪化や環境の変化に非常に敏感で、生息地が激減しています。
ガムシもゲンゴロウも、日本の止水域(流れのない、または非常に緩やかな水域)を代表する昆虫です。かつては水田、ため池、湿地、沼などで普通に見られました。
ガムシは比較的広範囲の環境に適応する力があり、水草が豊富にあれば、ある程度の都市近郊の池などでも見かけることがあります。水質に対してもゲンゴロウほど敏感ではないとされています。
一方で、ゲンゴロウ類、特にナミゲンゴロウやタガメなどは、水質汚染や農薬の使用、水辺のコンクリート化、外来種(アメリカザリガニなど)による捕食といった環境の変化に極めて弱い生物です。彼らが生きていくためには、餌となる小魚やカエルが豊富で、水草が茂り、水質が良好な環境が不可欠です。農林水産省の調査などでも、生物多様性の指標としてゲンゴロウ類が注目されますが、残念ながら多くの地域でその姿を消してしまいました。
危険性・衛生・法規制の違い
ガムシは草食性でおとなしく、人に危害を加えることはありません。ゲンゴロウは肉食性でアゴが強いため、不用意に触ると指を噛まれることがあります。また、ナミゲンゴロウを含む多くのゲンゴロウ類が絶滅危惧種に指定されており、種の保存法や各自治体の条例で採集が禁止されている場合があります。
この2種は、取り扱う上での注意点も大きく異なります。ガムシは草食性でおとなしい性格のため、素手で触っても基本的に危険はありません。胸部のトゲは鋭いですが、防御用であり積極的に刺してくるものではありません。
しかし、ゲンゴロウの取り扱いには注意が必要です。彼らは肉食性で、獲物を捕らえるための強力な大アゴを持っています。観察しようと不用意に素手で掴むと、鋭いアゴで噛みつかれることがあり、出血を伴う痛みを覚えます。特に大型の種では注意が必要です。
さらに重要なのが法規制です。ガムシ(ナミガムシ)は現在、特に法的な規制はありません。しかし、ゲンゴロウ類は別です。ナミゲンゴロウは環境省のレッドリストで「絶滅危惧II類(VU)」に指定されています。さらに、ヤシャゲンゴロウやマルコガタノゲンゴロウなどは「国内希少野生動植物種」に指定され、「種の保存法」に基づき捕獲・採集・飼育・譲渡(売買)が原則として全面的に禁止されています。
これらに違反すると重い罰則が科せられます。地域によってはナミゲンゴロウ自体も条例で採集禁止になっている場合があるため、もし見つけても絶対に持ち帰らず、その場でそっと観察するだけにしてください。
文化・歴史・人との関わりの違い
ゲンゴロウは、そのユニークな泳ぎ方や姿から、古くからタガメと並んで人気の高い水生昆虫でした。一方、ガムシはゲンゴロウと混同されたり、「水すまし」などと呼ばれることもありましたが、ゲンゴロウほどの知名度や人気はありませんでした。
日本人と水生昆虫の関わりにおいて、ゲンゴロウは特別な存在でした。タガメと並び、その特徴的な姿と力強い泳ぎは、子供たちの憧れの的であり、昆虫図鑑のスターでした。かつては食用(佃煮など)にされた歴史もあり、文化的な結びつきも強い昆虫です。
一方のガムシは、ゲンゴロウと一括りにされたり、あるいはミズスマシ(水面をクルクル回る別の昆虫)と混同されたりすることも多く、ゲンゴロウほどのスター性はありませんでした。しかし、そのユニークな呼吸法や、胸部の鋭いトゲ(「舟の竜骨」に例えられる)は、知る人ぞ知る特徴として昆虫愛好家には親しまれています。
現在では、どちらの種も水田環境の悪化や開発によって数を減らしており、私たちとの関わり方も「採集して楽しむ」対象から、「生息環境を守る」対象へと変化しています。
「ガムシ」と「ゲンゴロウ」の共通点
違いの多い両者ですが、どちらも「甲虫(コウチュウ目)」の仲間であり、一生の多くを水中で過ごす「水生昆虫」である点は共通しています。また、黒く光沢のある体色、空気呼吸のために水面に上がってくる生態も同じです。
これほど多くの違いがあるガムシとゲンゴロウですが、もちろん共通点もあります。水辺で出会ったときに「あれはどっちだ?」と悩むのは、これらの共通点があるからです。
- 甲虫である:どちらも硬い上翅(はね)を持つ「甲虫(コウチュウ目)」の仲間です。
- 水生昆虫である:幼虫・成虫ともに(またはその多くを)水中で生活する「水生昆虫」です。
- 体色と光沢:どちらも黒色〜黒褐色で、光沢のある体をしています。
- 空気呼吸:どちらも気管で呼吸するため、定期的に水面に上がって新鮮な空気を取り込む必要があります。
- 飛翔能力:どちらも成虫は上翅の下にある後翅(うしろばね)を使って飛ぶことができ、夜間に灯火に飛来することがあります。
- 生息環境:どちらも流れの緩やかな池沼や水田を好みます。
体験談:水辺で見つけた黒い甲虫、その正体は?
僕が子供の頃、夏になると近所の田んぼや用水路は、まさに水生昆虫の宝庫でした。網を入れるたびに、黒くて大きな甲虫が入ってきて興奮したのを覚えています。
ある日、いつものように捕まえた黒い虫を観察ケースに入れていました。水草をムシャムシャ食べているおとなしいやつと、一緒に入れていたメダカを追い回して捕まえている獰猛なやつがいたんです。「同じ黒い虫なのに、なんでこんなに性格が違うんだ?」と不思議でした。
そして、事件が起きました。獰猛なやつを指でつまみ上げようとした瞬間、「ガチッ!」と鋭い痛みが走りました。ゲンゴロウが僕の指に噛みついたのです。血が出るほどの痛みで、慌てて手を振って払い落としました。
一方、水草を食べていたおとなしいやつ(ガムシ)は、お腹側を見ると鋭いトゲがあって怖かったのですが、触っても全く噛み付くことはありませんでした。その代わり、水に入れるとお腹を銀色に光らせながら、ゆっくりと脚を交互に動かして泳ぐ姿が印象的でした。
「噛むのがゲンゴロウ、噛まないのがガムシ」。子供ながらに学んだこの体験は、図鑑で知る「肉食」と「草食」という言葉の重みを、痛みと共に教えてくれました。今ではその田んぼも整備され、彼らの姿を見ることはほとんどありません。あの黒いハンターの力強さと、銀色に輝くスイマーの優雅さを、今の子供たちにも見せてあげたいと心から思います。
「ガムシ」と「ゲンゴロウ」に関するよくある質問
Q: ガムシとゲンゴロウは、どちらも飛べますか?
A: はい、どちらも成虫は飛ぶことができます。普段は水中で生活していますが、夜間などに水から出て、別の水辺(水田、池、沼など)へ移動するために飛び立ちます。両種とも灯火(明かり)に集まる習性があります。
Q: 水辺で見かける「ミズスマシ」とは違うのですか?
A: 全く違う昆虫です。「ミズスマシ(水澄まし)」は、体長1cmにも満たない小さな昆虫で、水面をクルクルと高速で泳ぎ回るのが特徴です。ガムシやゲンゴロウのように水中に潜ることは稀です。
Q: ゲンゴロウはなぜ絶滅危惧種になったのですか?
A: 主な原因は、生息地である水田やため池の環境変化です。農薬の使用による水質汚染、水路のコンクリート化、水田の乾田化(冬場に水を抜くこと)、そして餌となる小魚やカエルの減少、アメリカザリガニなどの外来種による捕食などが複合的に影響し、全国的に激減しました。環境省などが保護の取り組みを進めています。
Q: 触っても大丈夫ですか?
A: ガムシは基本的におとなしいので触っても問題ありません。ただし、ゲンゴロウは肉食性でアゴの力が強いため、素手で掴むと強く噛まれて怪我をする可能性があります。観察する際はケース越しにするか、ピンセットなどで優しく扱うようにしてください。
「ガムシ」と「ゲンゴロウ」の違いのまとめ
ガムシとゲンゴロウ、見た目は似ていても、その生態は草食系と肉食系、スイマーとウォーカーほどに異なります。
- 泳ぎ方が違う:ガムシは「交互(クロール風)」、ゲンゴロウは「同時(平泳ぎ風)」。
- 食性が違う:ガムシは「草食」、ゲンゴロウは「肉食」。
- 体の構造が違う:ガムシは胸に「トゲあり」、ゲンゴロウは後ろ脚が「オール状」。
- 危険性と規制が違う:ガムシは無害。ゲンゴロウは「噛みつき注意」で、多くが「採集禁止(絶滅危惧種)」。
もし水辺で彼らに出会えたら、それはとても幸運なことです。特にゲンゴロウ類は日本の豊かな自然の象徴でもあります。その違いを静かに観察し、彼らが棲み続けられる環境を大切にしたいですね。他にも「生物その他」の仲間たちの違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。
参考文献(公的一次情報)
- 環境省「レッドリスト」