「マツムシ」と「スズムシ」、どちらも秋の夜長を彩る「鳴く虫」の代表格ですね。
どちらも美しい音色で知られますが、鳴き声、姿、そして生息環境が全く異なる昆虫です。最も簡単な答えは、スズムシが「リーン、リーン」と澄んだ音色で鳴き、マツムシは「チンチロリン(実際はティッティリリ)」と甲高い音色で鳴くことです。
この違いを知れば、風流な虫の音の正体がわかり、秋の夜がもっと楽しくなります。あなたが今耳にしているのは、どちらの音色でしょうか?
まずは、両者の決定的な違いを比較表で押さえましょう。
【3秒で押さえる要点】
- 鳴き声:スズムシは「リーン、リーン」と澄んだ鈴の音のよう。マツムシは「ティッティリリ(チンチロリン)」と甲高く鋭い音です。
- 見た目:スズムシは黒っぽく丸い体型で、翅(はね)が腹部全体を覆っています。マツムシは淡い褐色で細長い体型で、翅が腹部より短い(オス)のが特徴です。
- 生息場所:スズムシは暗く湿った草むらの地表(根元)にいますが、マツムシは日当たりの良い草むらの草の上(穂先など)にいます。
| 項目 | マツムシ(松虫) | スズムシ(鈴虫) |
|---|---|---|
| 分類 | バッタ目(直翅類) マツムシ科 | バッタ目(直翅類) コオロギ科 |
| サイズ(体長) | オス:約20〜30mm / メス:約26mm | オス:約17〜23mm / メス:約21〜25mm |
| 体色 | 淡い褐色(茶色) | 黒褐色(黒っぽい) |
| 体型 | 細長い。オスは翅が腹より短い。 | 丸みを帯びている。翅が腹部全体を覆う。 |
| 触角 | 非常に長い(体長の2倍以上) | 非常に長い(体長の2倍以上) |
| 鳴き声(オス) | 「ティッティリリ」または「ピッピリリ」 (俗に「チンチロリン」) |
「リーン、リーン」または「リィーン」 |
| 活動場所 | 日当たりの良い草むらの草の上(穂先など) | 暗く湿った草むらの地表・根元 |
| 食性 | 雑食性(植物の葉、種子、他の昆虫など) | 雑食性(植物、野菜、動物質(煮干しなど)) |
| 危険性・法規制 | 特になし(無害) | 特になし(無害) |
形態・見た目とサイズの違い
スズムシは黒っぽく丸い「コオロギ体型」です。一方、マツムシは淡い褐色でスリムな「キリギリス体型」に見えます。マツムシのオスは翅が短く、腹部がはみ出している点も大きな違いです。
草むらで見つけたとき、まず注目すべきは「体色」と「体型」です。
スズムシは、多くの人がコオロギと聞いてイメージする姿に近いです。体色は黒褐色から真っ黒で、光沢があります。体型は丸みを帯びており、オスもメスも立派な翅が腹部全体をしっかりと覆っています。触角は体長の2倍以上にもなる、非常に長いヒゲを持っています。
一方、マツムシ(ここでいうマツムシは在来種のマツムシを指します)は、スズムシとは似ても似つかない姿をしています。体色は淡い褐色(薄茶色)で、体型はずっと細長くスマートです。コオロギというよりはキリギリスの仲間に近い印象を受けます。
最大の特徴はオスの翅です。マツムシのオスの翅は短く、腹部の半分くらいしか覆っていません(メスは腹部先端まで翅があります)。この短い翅をこすり合わせて鳴くため、スズムシとは全く異なる音色になるのです。
どちらもサイズは2cm前後と似通っていますが、色と体型が黒くて丸いのがスズムシ、茶色くて細いのがマツムシ、と覚えれば簡単です。
行動・生態・ライフサイクルの違い
決定的な違いは「鳴き声」です。スズムシは「リーン、リーン」と澄んだ音色で、主に夕方から夜にかけて鳴きます。マツムシは「ティッティリリ」(またはピッピリリ)と甲高く鋭い金属的な音色で、日中から夜まで鳴きます。
姿を見つけるのが難しくても、彼らの「歌声」を聞けば違いは明らかです。秋の鳴く虫の王様といえば、やはりスズムシでしょう。
スズムシのオスは、翅を立ててこすり合わせ、「リーン、リーン」または「リィーン、リィーン」と、非常に澄んだ美しい音色を奏でます。まさに鈴の音のようで、主に気温が下がり始める夕方から夜にかけて、その声を聞くことができます。
一方、マツムシの鳴き声は、スズムシとは全く異なります。「ティッティリリ…」または「ピッピリリ…」と、甲高く、やや金属的とも言える鋭い音色です。スズムシが「リーン」と伸ばすのに対し、マツムシは「リリリ」と刻むのが特徴です。また、スズムシが夜行性なのに対し、マツムシは日中から夜まで、比較的長い時間鳴き続けます。
(ちなみに、童謡で「チンチロリン」と歌われるのはマツムシですが、実際の鳴き声は「ティッティリリ」の方が近いです。これについては後の章で詳しく触れますね!)
どちらも不完全変態(蛹の時期を経ずに幼虫から成虫になる)の昆虫で、ライフサイクルは似ています。雑食性で、植物の葉や種子、小さな昆虫の死骸なども食べます。春に卵から孵化し、夏に成虫になり、秋に鳴き声のピークを迎えます。交尾・産卵の後、成虫は冬を越せずに死に、卵の状態で越冬します。
生息域・分布・環境適応の違い
両者は生息する「高さ」が異なります。スズムシは暗く湿った草むらの地表(根元)を好みます。一方、マツムシは日当たりの良い開けた草むらの草の上(ススキの穂先など)を好み、地上を歩き回ることは稀です。
鳴き声のする場所を探すとき、注目すべきは「高さ」です。
スズムシは、暗く湿った環境を好み、草むらの中でも地面(地表)や落ち葉の下、草の根元に隠れています。警戒心が強く、人間の気配を感じるとすぐに鳴きやんで物陰に隠れてしまいます。彼らの声が足元から聞こえてくるのはこのためです。
対照的に、マツムシは日当たりの良い、開けた環境を好みます。河原の土手や、日当たりの良い草原などで、ススキやセイタカアワダチソウといった背の高い草の上や穂先に陣取っています。地上を歩き回ることは少なく、草の上で鳴いていることが多いです。
このように、スズムシが「暗い地面」、マツムシが「明るい草の上」と、うまく棲み分けをしているため、同じ草むらでも探す場所が全く異なります。もし「ティッティリリ」という声が聞こえたら、足元ではなく目の高さの草の上を探してみてください。
危険性・衛生・法規制の違い
スズムシもマツムシも、人間に危害を加えることは一切ありません。毒も持たず、刺したり咬んだりすることもない無害な昆虫です。ただし、近年は外来種のマツムシ(オカメコオロギ)の分布拡大が在来種に影響を与える可能性が懸念されています。
スズメバチやゲンゴロウの記事とは異なり、この2種に関しては危険性を心配する必要は全くありません。
スズムシもマツムシも、人間に対しては完全に無害です。毒針は持っておらず、人を刺すことはありません。また、コオロギやキリギリスの仲間には強いアゴを持つものもいますが、この2種が人を咬むこともまずありません。素手で優しく触れることも可能です(もちろん、昆虫が苦手でなければですが)。
法規制の面でも、在来種のマツムシやスズムシは、環境省のレッドリストなどで特に絶滅危惧種としては指定されておらず、採集や飼育に関する法的な規制はありません。
ただし、近年問題になっているのは「外来種」です。特に「アオマツムシ」は、街路樹の上などで「リーリーリー」と非常に大きな音で鳴き、在来の生態系への影響が懸念されています。また、「オカメコオロギ」という外来種が、「マツムシ」としてペットショップで販売されていることがありましたが、これは在来のマツムシとは別種です。もし自然観察や飼育をする場合は、こうした外来種との違いにも注意を払う必要があります。
文化・歴史・人との関わりの違い
スズムシは「鳴く虫の王様」として、平安時代から貴族に愛され、江戸時代には飼育文化が花開きました。「リーン、リーン」という鳴き声は、秋の風物詩として定着しています。マツムシも「チンチロリン」の鳴き声で有名ですが、これは童謡によるイメージが強く、実際の鳴き声は「ティッティリリ」であるという「鳴き声の誤解」が文化的な特徴です。
日本人と鳴く虫の関わりは深く、特にこの2種は文化的に対照的な役割を担ってきました。
スズムシは、まさに「鳴く虫の王様」です。その「リーン、リーン」と響く澄んだ音色は、古くは平安時代の貴族たちにも愛され、『源氏物語』や『枕草子』にも登場します。江戸時代になると、虫の音を売り買いする「虫売り」が商売として成り立ち、人々は竹籠に入れてその音色を楽しむ文化が花開きました。現在でも、スズムシの鳴き声は秋の訪れを告げる風物詩として、多くの人に愛されています。
一方、マツムシの文化的な立ち位置は少し複雑です。マツムシといえば、童謡『蟲のこゑ(むしのこえ)』の歌詞にある「あれマツムシが鳴いている、チンチロリン、チンチロリン」というフレーズがあまりにも有名です。しかし、前述の通り、在来種のマツムシの実際の鳴き声は「ティッティリリ…」です。
では、あの「チンチロリン」は一体何の虫だったのか? これには諸説ありますが、実は同じ時期に鳴く「クサヒバリ」という別の小さなコオロギの仲間の鳴き声(チッチョロリーン)を聞き間違えたのではないか、という説が有力です。あるいは、明治時代以降に入ってきた外来種のアオマツムシ(鳴き声はリーリーリー)の登場で、混乱が生じた可能性もあります。文化庁の国語施策情報などでも取り上げられるように、虫の音の聞きなし(擬音語)は、時代や文化によっても変わる面白いテーマなのです。
スズムシが「音色の美しさ」で愛されたのに対し、マツムシは「チンチロリンというフレーズ」によって文化的に有名になった、という違いがあるのです。
「マツムシ」と「スズムシ」の共通点
見た目や生態は異なりますが、どちらもバッタやコオロギと同じ「直翅類(ちょくしるい)」の仲間です。オスが翅をこすり合わせて鳴くこと、雑食性であること、卵で冬を越し、成虫は1年で死んでしまうライフサイクルなども共通しています。
違いの多い両者ですが、もちろん「鳴く虫」としての共通点もたくさんあります。
- 分類:どちらもバッタやコオロギ、キリギリスと同じ「直翅類(ちょくしるい)」というグループの昆虫です。(細かくはスズムシはコオロギ科、マツムシはマツムシ科に分かれます)
- 発音の仕組み:どちらもオスだけが鳴き、前翅(まえばね)をこすり合わせることで音を出します。メスは鳴きません。
- 活動時期:どちらも夏から秋にかけて成虫が活動し、特に秋(9月〜10月)に鳴き声の最盛期を迎えます。
- 食性:どちらも基本的には雑食性で、植物の葉や種子、野菜クズ、動物質の餌(煮干しや昆虫の死骸)などを食べます。
- ライフサイクル:どちらも成虫は冬を越せず、土の中や植物の茎に産み付けられた卵の状態で越冬します。
体験談:その鳴き声、チンチロリンじゃなかった!
僕が子供の頃、夏休みの自由研究で「鳴く虫」を捕まえて飼育するのが大好きでした。近所の草むらで、図鑑を片手に虫探しです。
「リーン、リーン」と聞こえる足元の暗がりを探ると、決まって黒くて丸い「スズムシ」が見つかりました。これは簡単です。飼育ケースにキュウリやナスを入れると、夜な夜な美しい声で鳴いてくれました。
問題は「マツムシ」でした。童謡のイメージから、僕は「チンチロリン」と鳴く虫を探していました。ある日、河原のススキの穂先で、茶色くて細長い虫を見つけました。「これだ!」と思い捕まえて持ち帰りました。
しかし、その夜。楽しみに待っていた僕の耳に聞こえてきたのは、「チンチロリン」ではありませんでした。「ティッティリリ!ティッティリリ!」…甲高く、鋭い、全く違う鳴き声だったのです。
「違う虫を捕まえちゃった…」とガッカリした僕は、後日、図書館で調べて衝撃を受けました。僕が捕まえたその「ティッティリリ」と鳴く茶色い虫こそが、本物の(在来の)マツムシだったのです!
スズムシは期待通り「リーン」と鳴いたのに、マツムシは期待した「チンチロリン」とは鳴かなかった。あの時の驚きは、童謡と現実の生き物の「違い」を学んだ最初の体験として、今でも鮮明に覚えています。
「マツムシ」と「スズムシ」に関するよくある質問
Q: 結局、「チンチロリン」と鳴くのは何の虫なんですか?
A: 童謡『蟲のこゑ』の影響で「マツムシ=チンチロリン」というイメージが定着していますが、在来種のマツムシの鳴き声は「ティッティリリ」です。では「チンチロリン」の正体は何かというと、「クサヒバリ」という別の小さなコオロギの仲間の鳴き声(チッチョロリーン)が最も近いと言われています。時代や地域による聞きなしの違いもあり、はっきりとは断定できていません。
Q: 飼育するのはどちらが簡単ですか?
A: どちらも飼育自体は可能ですが、一般的には「スズムシ」の方が飼育しやすいです。ペットショップなどで飼育用品(専用マット、餌、鈴虫台など)が充実しており、飼育情報も豊富なためです。マツムシは草の上で生活するため、飼育ケース内にもある程度の高さと足場(ススキの穂など)を用意してあげる必要があります。
Q: 鳴くのはオスだけですか?メスも鳴きますか?
A: はい、どちらも鳴くのはオスだけです。メスは翅をこすり合わせて音を出すための発音器官を持っていません。オスが鳴くのは、主にメスを呼ぶため(求愛)や、他のオスを威嚇するため(縄張り主張)です。
Q: アオマツムシとは違う虫ですか?
A: はい、全く違う種類の昆虫です。アオマツムシは中国大陸原産の外来種で、体長3cmほどと大型で、全身が鮮やかな緑色をしています。在来のマツムシ(褐色)とは見た目が全く異なります。アオマツムシは「リーリーリー…」と非常に大きな音で鳴き、主に高い木の上(街路樹など)で生活します。
「マツムシ」と「スズムシ」の違いのまとめ
マツムシとスズムシ、どちらも秋の風情を感じさせてくれる素晴らしい昆虫ですが、その違いは鳴き声から生態まで、非常に多岐にわたります。
- 鳴き声が違う:スズムシは「リーン、リーン」。マツムシは「ティッティリリ…」(俗にチンチロリン)。
- 見た目が違う:スズムシは「黒く丸い」。マツムシは「茶色く細長い」。
- 居場所が違う:スズムシは「暗い地表」。マツムシは「明るい草の上」。
- 文化的な違い:スズムシは古来からの「鳴く虫の王様」。マツムシは童謡により「チンチロリン」のイメージが定着したが、実際は異なる。
- 危険性:どちらも人間には無害です。
これからは秋の夜に虫の音が聞こえてきたら、それが「リーン」なのか、「ティッティリリ」なのか、耳を澄ましてみてください。その音色の違いが分かれば、あなたの秋はもっと趣深いものになるはずです。他にも「生物その他」の仲間たちの違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。
参考文献(公的一次情報)
- 環境省「自然環境・生物多様性」 – 日本の昆虫の生態や外来種問題について
- 国立科学博物館「かはく」 – 昆虫の分類や標本情報について
- 文化庁「国語施策・日本語教育」 – 古典文学における虫の音の記述や文化的背景について