「恐れ多い」と「畏れ多い」の違い!使い分けのポイントを解説

「恐れ多い」と「畏れ多い」、どちらも目上の人や尊い存在に対して使う言葉ですが、漢字の使い分けに迷ったことはありませんか?

結論から言えば、申し訳なさや一般的な恐怖を含むなら「恐れ多い」、神仏や貴人への崇高な敬意を表すなら「畏れ多い」を使うのが基本です。

この記事を読めば、それぞれの漢字が持つ本来の意味やニュアンスの違いがクリアになり、相手やシチュエーションに合わせて自信を持って使い分けられるようになります。

それでは、まず最も重要な違いから詳しく見ていきましょう。

結論:一覧表でわかる「恐れ多い」と「畏れ多い」の最も重要な違い

【要点】

「恐れ多い」は自分にとって過分で申し訳ない、または怖いという意味で広く使われます。一方「畏れ多い」は神仏や天皇など、尊い存在に対して敬いかしこまる気持ちを強調する場合に使われます。

まず、結論からお伝えしますね。

この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。

これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。

項目恐れ多い畏れ多い
中心的な意味申し訳ない、または怖い尊くて近寄りがたい、かしこまる
キーワード恐縮・恐怖・過分畏敬・崇高・威厳
対象上司、恩師、自然の脅威など神仏、皇室、歴史的偉人など
常用漢字常用漢字(公用文はこれに統一)表外読み(公用文では使わない)

表を見ると分かるとおり、日常的なビジネスシーンや一般的な文章では「恐れ多い」を使っておけば間違いありません。

「畏れ多い」は、より精神的で宗教的な「畏敬の念(いけいのねん)」を込めたい特別な場面で選ばれる言葉と言えるでしょう。

なぜ違う?漢字の成り立ち(語源)からイメージを掴む

【要点】

「恐」は心が縮み上がるような恐怖や不安を表し、「畏」は圧倒的な力を持つもの(鬼や虎)に対して姿勢を低くして敬う様子を表します。

なぜこの二つの言葉に違いが生まれるのか、漢字の成り立ちを紐解くと、その理由がよくわかりますよ。

「恐」の成り立ち:心が縮み上がるイメージ

「恐」という漢字は、「心」に「工」と「凡(または筑)」を組み合わせた形から成り立っています。

これは、仕事や神事において失敗しないかとビクビクして心が縮み上がる様子、あるいは何かに圧迫されて心がすくむ様子を表しています。

そこから、「怖い」「不安だ」という意味や、相手に対して失礼がないかと心配する「申し訳なさ(恐縮)」という意味が生まれました。

「恐れ多い」と書くときは、「自分にはもったいなくて申し訳ない」という恐縮の気持ちや、「祟りが怖くて近づけない」という恐怖心が根底にあります。

「畏」の成り立ち:圧倒的な力にひれ伏すイメージ

一方、「畏」という漢字は、「鬼(異様な頭をした人)」が「虎の爪」を持っている姿を象ったものだと言われています。

これは、人間には太刀打ちできない圧倒的な力や威厳を持つ存在に対して、かしこまって姿勢を低くする様子を表しています。

単に「怖い」だけでなく、その強大さや尊さに対して「敬う気持ち」が含まれているのが特徴です。

そのため、「畏れ多い」は神仏や皇室など、尊すぎて軽々しく近づけない存在に対して使われるのです。

具体的な例文で使い方をマスターする

【要点】

上司からの褒め言葉や一般的な恐縮には「恐れ多い」、神事や皇室行事など尊い対象には「畏れ多い」を使います。ただし、公的な文書ではすべて「恐れ多い」と表記するのがルールです。

言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。

ビジネスと日常、そして間違いやすいNG例を見ていきましょう。

ビジネス・日常シーンでの使い分け

ビジネスの現場や日常会話では、「恐れ多い」が圧倒的に多く使われます。

【OK例文:恐れ多い】

  • 社長から直接お褒めの言葉をいただき、恐れ多い限りです。(恐縮)
  • 私のような若輩者がリーダーを務めるなど、恐れ多くて引き受けられません。(過分)
  • 自然の猛威の前では、人間など恐れ多い存在ではない。(恐怖・無力感)

【OK例文:畏れ多い】

  • 畏れ多くも天皇陛下よりお言葉を賜った。(最高敬語的な文脈)
  • 神前でそのような不敬な振る舞いをするとは、畏れ多いことだ。(畏敬)
  • ご先祖様の御前では、自然と畏れ多い気持ちになる。(崇高)

「畏れ多い」は、文脈全体が厳かであったり、対象が神聖なものである場合に適しています。

これはNG!間違えやすい使い方

意味は通じますが、漢字の持つニュアンスと場面が合っていない例です。

  • 【NG】部長にランチを奢ってもらうなんて畏れ多いです。
  • 【OK】部長にランチを奢ってもらうなんて恐れ多いです。

部長は目上の人ですが、神仏のような「崇拝」の対象ではありません。

ここでは「申し訳ない」「もったいない」という意味なので、「恐れ多い」が適切です。

「畏れ多い」を使うと、部長を神様のように崇めているような、少し大げさな印象を与えてしまいます。

  • 【NG】(公用文で)皇室の方々に対し、畏れ多い気持ちを抱く。
  • 【OK】(公用文で)皇室の方々に対し、恐れ多い気持ちを抱く。

これは少し意外かもしれませんが、公用文や新聞などのメディアでは、「畏」は常用漢字表の読み方に含まれていない(「イ」という音読みはあるが「おそれる」という訓読みがない)ため、原則としてひらがな書きか「恐れ多い」に書き換えられます。

個人的な手紙や小説などでは「畏れ多い」を使っても問題ありませんが、公的なルールとしては「恐れ多い」が正解です。

【応用編】似ている言葉「恐縮」との違いは?

【要点】

「恐縮」は相手に迷惑をかけたり厚意を受けたりして「申し訳なく思う」気持ちに特化した言葉です。「恐れ多い」よりもビジネスライクで使いやすく、恐怖や畏敬のニュアンスは含みません。

「恐れ多い」と似た場面で使われる言葉に「恐縮(きょうしゅく)」があります。

これもビジネスシーンでは頻出ですね。

「恐縮」は、文字通り「恐れて身が縮こまること」ですが、現代では主に「感謝」と「謝罪」が入り混じった「すいません」という気持ちを丁寧に伝えるために使われます。

「恐れ多い」が「自分にはもったいない(過分だ)」というニュアンスが強いのに対し、「恐縮」は「お手数をおかけしてすいません」「お気遣いありがとうございます」という、相手への配慮や感謝の気持ちが中心になります。

例えば、「お褒めいただき恐れ多いです」は「私にはその価値がありません」という謙遜ですが、「お褒めいただき恐縮です」は「褒めてもらってありがたいやら申し訳ないやらです」という感謝に近いニュアンスになります。

「恐れ多い」と「畏れ多い」の違いを学術的に解説

【要点】

宗教学における「ヌミノース」の概念では、聖なるものに対する「戦慄(恐怖)」と「魅惑」が同居した感情を指し、これが「畏れ」の本質です。「恐れ」が単なる恐怖や忌避であるのに対し、「畏れ」は近づきたいけれど近づけないというアンビバレントな敬意を含みます。

もう少し専門的な視点から、この二つの「おそれ」の違いを深掘りしてみましょう。

ドイツの宗教学者ルドルフ・オットーは、聖なるもの(神的なもの)に接したときに人間が抱く感情を「ヌミノース」と名付けました。

このヌミノースには、圧倒的な力に対する「戦慄(mysterium tremendum)」と、心を惹きつける「魅惑(mysterium fascinans)」という、相反する二つの要素が含まれています。

「畏れ」という日本語は、まさにこのヌミノースの感情を見事に表しています。

単に怖くて逃げ出したい(恐れ)のではなく、尊くて素晴らしいからこそ、自分の小ささを自覚して震えてしまう。

近づきたいけれど、軽々しくは近づけない。

そのような、敬意と恐怖が入り混じった複雑な心理状態が「畏れ」なのです。

一方、「恐れ」は生物学的な防衛本能としての「恐怖(fear)」に近く、危険を察知して回避しようとする反応が根底にあります。

したがって、学術的・宗教的な文脈で神聖な体験を語る際には、「畏れ」という漢字が意図的に選択されるのです。

僕が神社の取材で「恐れ多い」と書いて指摘された体験談

僕もライターとして活動し始めた頃、この二つの漢字の使い分けでハッとした経験があります。

ある歴史ある神社の式年遷宮(定期的に社殿を造り替えるお祭り)についての取材記事を書いていたときのことです。

現地の厳かな空気に圧倒された僕は、記事の中で「神様の御神体に触れるなど、私のような部外者には恐れ多いことだ」と書きました。

常用漢字だし、間違いではないだろうと思っていたんです。

しかし、原稿の確認をお願いした宮司さんから、一つだけ修正の提案がありました。

「ここの『おそれおおい』は、もし可能なら『畏れ多い』としていただけませんか?」

宮司さんは穏やかに、でも芯のある声で教えてくれました。

「『恐れ』だと、神様がただ怖い存在、祟る存在のように読めてしまうかもしれません。私たちは神様を敬い、その尊さに頭を下げるのです。だから、心が縮こまる『恐縮』ではなく、敬ってかしこまる『畏敬』の文字を使いたいのです」

その言葉を聞いて、僕は自分の言葉選びの浅さを恥じました。

ただの変換候補として漢字を選んでいたけれど、そこには「神様とどう向き合うか」という心の姿勢が表れるのだと気付かされたのです。

もちろん、出版のルールによっては「恐れ多い」に統一されることもありますが、書き手として「畏れ」のニュアンスを知っているかどうかは、文章の深みに大きく関わると実感した出来事でした。

「恐れ多い」と「畏れ多い」に関するよくある質問

ビジネスメールで上司に使うならどっち?

「恐れ多い」が適切です。「畏れ多い」を使うと、上司を神格化しているような過剰な表現になり、慇懃無礼(丁寧すぎて逆に失礼)と取られかねません。「お褒めいただき恐れ入ります」や「恐縮です」といった表現も便利です。

「畏まる(かしこまる)」と「畏れ多い」は関係ある?

大いにあります。「畏まる」も「畏」という字を使いますね。これは、目上の人の前で謹んで姿勢を正すという意味です。「畏れ多い」と感じるからこそ、人は「畏まる」態度を取るわけです。

公用文や新聞ではなぜ「恐れ多い」しか使わないの?

「畏」という漢字が、常用漢字表において「イ」という音読みしか認められておらず、「おそれる」という訓読みが認められていないためです。公的な文章は、誰にでも読める常用漢字を使うことが原則となっているため、「恐れ多い」に統一されています。

「恐れ多い」と「畏れ多い」の違いのまとめ

「恐れ多い」と「畏れ多い」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。

最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。

  1. 基本は「恐れ多い」:申し訳ない、過分だ、怖いという意味で広く使える。公用文はこれ。
  2. 特別な敬意は「畏れ多い」:神仏、皇室、偉人など、尊い存在への畏敬の念を表す。
  3. 漢字のイメージ:「恐」は心が縮む不安、「畏」は力あるものにひれ伏す敬意。
  4. 迷ったら:ビジネスや日常では「恐れ多い」を選べば間違いなし。

言葉の背景にある漢字のイメージを掴むと、機械的な暗記ではなく、感覚的に使い分けられるようになります。

これからは自信を持って、漢字の使い分けをマスターしていきましょう。