「カジキマグロのソテー」という料理名を聞いたことがありますか?
実は、生物学的に「カジキマグロ」という名前の魚は存在しません。これは、「カジキ」と「マグロ」という、全く異なる2種類の魚が混同されて生まれた俗称(通称)なのです。
最大の違いは、カジキが長く鋭い「吻(ふん)」と呼ばれるツノを持つカジキ目の魚であるのに対し、マグロは吻を持たないサバ科の魚である点です。この記事を読めば、その分類学的な違いから、見た目、味、生態の違いまでスッキリと理解できます。
【3秒で押さえる要点】
- 分類:「カジキマグロ」という魚はいない。「カジキ(カジキ目)」と「マグロ(サバ科)」は全く別の魚。
- 見た目:カジキは長く鋭い「吻(ふん)」を持つ。マグロは吻を持たず、紡錘形の体型。
- 味:カジキ(メカジキなど)は淡白で加熱向きの白身。マグロは濃厚な旨味の赤身(トロなど)。
| 項目 | カジキ(メカジキ、マカジキなど) | マグロ(クロマグロなど) |
|---|---|---|
| 分類・系統 | スズキ系 カジキ目(メカジキ科・マカジキ科) | スズキ目 サバ科 マグロ属 |
| 形態的特徴 | 長く鋭い吻(ふん)を持つ。体は側扁(平たい)。 | 吻を持たない。体は紡錘形(砲弾型)。 |
| サイズ区分 | 大型魚(最大4m超) | 大型魚(クロマグロは最大3m超) |
| 身の色・味 | 淡いピンク色の白身(メカジキ)。淡白で加熱向き。 | 鮮やかな赤身(トロは脂が乗る)。濃厚な旨味。 |
| 生態 | 肉食性。吻で獲物を叩いて捕食。 | 肉食性。群れで獲物を追い込み丸呑み。 |
| 危険性・衛生 | アニサキス(寄生虫)注意。水銀蓄積注意。 | アニサキス注意。水銀蓄積注意。 |
| 人との関わり | ソテー、ムニエル、フライ、煮付け、刺身。 | 刺身、寿司(赤身、中トロ、大トロ)、ツナ缶。 |
形態・見た目とサイズの違い
最大の違いは「吻(ふん)」の有無です。カジキは長く鋭いツノ(吻)を持ちますが、マグロにはありません。体型も、カジキは平たく、マグロはずんぐりした砲弾型です。切り身では、カジキ(メカジキ)が白っぽく、マグロが赤いことで見分けられます。
カジキとマグロは、どちらも大型魚ですが、その姿は全く異なります。
カジキの最大の特徴は、上顎が長く鋭く伸びた「吻(ふん)」です。一般的に「ツノ」や「カジキの角」と呼ばれる部分です。この吻の形状も種類によって異なり、メカジキは平たく剣(ソード)のようであり、マカジキやクロカジキは丸く槍(スピア)のようです。体型はマグロに比べると側扁(そくへん)しており、横から見ると平たい印象を受けます。背びれが非常に大きい種類(バショウカジキなど)もいます。
マグロは、吻を持ちません。口は普通の魚の形をしています。体型は、高速で泳ぐために最適化されたきれいな紡錘形(ぼうすいけい)で、ずんぐりとした砲弾型です。尾びれが非常に大きく、三日月形をしているのも特徴です。
スーパーなどで切り身として売られている場合、その違いは一目瞭然です。
カジキ(主にメカジキ)の身は、加熱すると白くなりますが、生の状態では淡いピンク色をした「白身魚」(※)です。一方、マグロ(クロマグロやメバチマグロ)の身は、筋肉にミオグロビンという色素タンパク質を多く含むため、鮮やかな「赤身魚」です。(※ビンナガマグロは例外的に白身に近いです)
「カジキマグロ」とは?:「カジキ」と「マグロ」の分類学的な違い
「カジキマグロ」という標準和名の魚は存在しません。カジキは「カジキ目(メカジキ科・マカジキ科)」、マグロは「サバ科マグロ属」に分類され、生物学的には遠い親戚です。「マグロ」の高級イメージにあやかって付けられた俗称です。
なぜ「カジキマグロ」という混同が生まれたのでしょうか。それは、分類学的な違いと、「マグロ」という言葉が持つブランド力に関係しています。
まず、「カジキマグロ」という標準和名(魚の正式な名前)を持つ魚は存在しません。
カジキは、スズキ系の中の「カジキ目」という独立したグループに分類されます。「メカジキ科(メカジキのみ)」と「マカジキ科(マカジキ、クロカジキ、バショウカジキなど)」の2科に分けられます。
マグロは、スズキ目サバ科の「マグロ属」に分類される魚の総称です。クロマグロ(本マグロ)、ミナミマグロ(インドマグロ)、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロ(ビンチョウ)などが含まれます。
どちらもスズキ目(またはスズキ系)という大きな枠では共通していますが、カジキとマグロは「科」や「属」レベルで全く異なる、遠い親戚関係です。
ではなぜ「カジキマグロ」と呼ばれるのか。それは、カジキもマグロも同じ海域を泳ぐ大型の回遊魚であり、どちらも高級食材として扱われるため、特に「マグロ」の持つ高級なイメージにあやかって、市場などで「カジキマグロ」という俗称(通称)が使われるようになったと考えられています。これは、キンメダイやイシダイが「あやかり鯛」と呼ばれるのと似た現象です。
行動・生態・ライフサイクルの違い
どちらも高速で泳ぐ肉食性の魚です。カジキは、長く鋭い吻(ふん)を武器のように振り回し、小魚の群れを叩いて気絶させたり、傷つけたりして捕食します。マグロは、群れで小魚を追い込み、丸呑みにします。
カジキとマグロは、どちらも外洋を高速で泳ぎ回る獰猛なハンター(肉食性)ですが、その狩りのスタイルに大きな違いがあります。
カジキの最大の特徴は、やはり「吻」を使った狩りです。イワシやイカ、アジなどの群れに突っ込み、その長く鋭い吻をムチのように左右に振り回します。これにより、獲物を叩き落としたり、気絶させたり、傷つけたりしたところを、効率よく捕食します。吻は、突き刺すためではなく、主に「叩く」ための武器として使われます。
マグロは吻を持たないため、その圧倒的な遊泳力とスピードで獲物を追い詰めます。群れで小魚の群れを取り囲み、パニックになったところを丸呑みにします。マグロは呼吸のために泳ぎを止められない(ラム換水)ため、常に泳ぎながら獲物を探します。
生息域・分布・環境適応の違い
どちらも世界中の温帯から熱帯の暖かい海(外洋)を広く回遊します。カジキはマグロよりも表層(海面近く)を泳ぐ種類が多いですが、メカジキのように水温の低い深海まで潜る能力を持つ種もいます。
カジキもマグロも、特定の縄張りを持たず、エサや適した水温を求めて広大な海を移動し続ける「回遊魚」です。どちらも世界中の温帯〜熱帯海域の「外洋(沿岸から離れた海)」に広く分布しています。
カジキは、種類によって好む水深が異なります。バショウカジキやマカジキは、比較的表層(海面近く)を泳ぐことが多いとされます。一方で、メカジキは水温の低い深海(水深800m以上)まで潜ることができ、非常に広範な水温に適応できる能力を持っています。
マグロも種類によって生息域が異なります。クロマグロは温帯域を好み、太平洋と大西洋を横断するような大回遊をします。キハダマグロやメバチマグロは、主に熱帯・亜熱帯海域に分布します。このように、カジキとマグロは同じ海域(漁場)で混獲されることも多い魚です。
危険性・衛生・法規制の違い
どちらも生食の際はアニサキス(寄生虫)に注意が必要です。また、大型の肉食魚であるため、食物連鎖による水銀蓄積のリスクがあり、厚生労働省は妊婦などに摂取量の注意を呼びかけています。
食用にする際の注意点は、両者ともに共通しています。
1.アニサキス(寄生虫)
天然のカジキ類、マグロ類には、他の多くの海水魚と同様、寄生虫の「アニサキス」がいる可能性があります。生きたアニサキスを摂取すると、激しい腹痛(アニサキス症)を引き起こします。
生食(刺身など)の場合は、新鮮なものを選び、目視でアニサキスがいないかよく確認することが重要です。-20℃で24時間以上冷凍するか、中心部までしっかり加熱(60℃で1分以上)すればアニサキスは死滅します。
2.水銀蓄積
カジキもマグロも、食物連鎖の上位に位置する大型の肉食魚です。そのため、小魚を食べ続ける過程で、重金属である「水銀」が体内に蓄積しやすい(生物濃縮)傾向があります。
厚生労働省は、特に妊婦の方を対象に、水銀蓄積量が比較的多い魚介類の摂取量について注意喚起を行っています(厚生労働省)。このリストには、メカジキ、クロマグロ(本マグロ)、メバチマグロなどが含まれており、摂取量の目安(週に1回、約80g程度まで)が示されています。
文化・歴史・人との関わりの違い(食文化・味)
食文化において、両者は全く異なるポジションを確立しています。マグロは「寿司の王様」として生の赤身やトロが珍重されます。一方、カジキ(主にメカジキ)は、加熱しても硬くなりにくい淡白な白身として、ソテーやフライ、煮付けなどで愛されています。
日本の食文化において、カジキとマグロは明確に使い分けられています。
マグロは、言わずと知れた「寿司の王様」です。江戸時代後期に醤油漬け(ヅケ)として寿司ネタに使われ始め、今や「赤身」「中トロ」「大トロ」といった部位が、生の刺身や寿司として世界中で愛されています。その濃厚な旨味と脂の甘みは、他の魚にはない魅力です。また、キハダマグロやビンナガマグロは「ツナ缶」の原料としてもおなじみです。
カジキは、マグロとは異なり、主に「加熱用」の食材として重宝されてきました。特にメカジキの身は、淡白でクセがなく、脂も適度に含まれているため、加熱しても身がパサつかず、ふっくらと仕上がるのが特徴です。そのため、バターソテーやムニエル、フライ、照り焼き、煮付けなど、和洋中さまざまな料理で活躍します。「カジキマグロのソテー」という料理名は、このメカジキを指していることがほとんどです。
もちろん、マカジキのように刺身で美味しいカジキもいますが、一般的に「カジキ」として流通するのはメカジキが多いです。
また、アーネスト・ヘミングウェイの有名な小説『老人と海』で、老人が死闘を繰り広げる巨大魚は、マグロではなくカジキ(マカジキがモデルとされる)です。
「カジキ」と「マグロ」の共通点
分類学的には遠いですが、どちらもスズキ目(またはスズキ系)に属する海水魚です。また、外洋を泳ぎ回る「回遊魚」であり、小魚を食べる「肉食性」である点、そして高級食材として扱われる点が共通しています。
生物学的には全く異なるグループの両者ですが、海という環境で生きる大型魚として、多くの共通点も持っています。
- 分類:どちらも「スズキ目」またはそれに近縁なグループ(スズキ系)に属する硬骨魚類です。
- 生息域:どちらも世界中の温帯〜熱帯の「外洋」を泳ぎ回る「海水魚」です。
- 生態:どちらもイワシなどの小魚を捕食する「肉食性」であり、広範囲を移動する「回遊魚」です。
- サイズ:どちらも最大級の魚類であり、体長2m〜4mに達する大型種を含みます。
- 経済的価値:どちらも食用として非常に人気があり、高級食材として世界中で漁獲されています。
- 危険性:どちらも生食の際にはアニサキスのリスクがあり、食物連鎖による水銀蓄積のリスクも共通して存在します。
僕が体験した「カジキ」と「マグロ」の“食感”の違い(体験談)
僕にとって「カジキマグロ」という言葉は、子供の頃に洋食屋で食べた「カジキマグロのソテー」という、懐かしい響きがあります。当時はもちろん、それがマグロではないとは夢にも思っていませんでした。
そのソテーは、鶏のささみ肉のように真っ白で、しかしパサパサせず、フォークを入れるとホロリと崩れる柔らかさでした。バターと醤油の香りが、淡白な身に絡みついて、ご飯が何杯でも食べられる美味しさでした。
一方、初めて寿司屋のカウンターで食べた「本マグロの赤身」は、全くの別物でした。ねっとりとした舌触りと、口の中に広がる濃厚な鉄分のような旨味。これが魚なのかと衝撃を受けました。カジキ(メカジキ)が「加熱して美味しい白身」なら、マグロは「生で美味しい赤身」の頂点です。
カジキ(メカジキ)の魅力が「鶏肉にも似た、万能な白身の食感」だとすれば、マグロの魅力は「生だからこそ味わえる、とろける脂と赤身の旨味」。同じ「〇〇マグロ」と呼ばれていても、その正体と魅力は全く別物なのだと、大人になってから気づいた体験です。
「カジキ」と「マグロ」に関するよくある質問
Q: 「カジキマグロ」という魚は本当にいないのですか?
A: はい、標準和名(魚の正式な名前)として「カジキマグロ」という魚は存在しません。一般的に「カジキ」と「マグロ」が混同されて使われている俗称(通称)です。
Q: なぜ「カジキマグロ」と呼ばれるようになったのですか?
A: 諸説ありますが、カジキもマグロも同じ海域で獲れる大型の高級魚であるため、特に「マグロ」の高級なブランドイメージにあやかって、市場などで「カジキマグロ」と呼ばれるようになったと考えられています。
Q: カジキの「角(吻)」は何のためにあるのですか?
A: 主にエサを獲るための武器として使われます。小魚の群れに突っ込み、その吻を高速で振り回すことで、獲物を叩いたり、気絶させたりして捕食します。突き刺すためではありません。
Q: メカジキは白身魚ですか?赤身魚ですか?
A: 生の状態では淡いピンク色をしていますが、筋肉の性質から「白身魚」に分類されます。加熱すると白くなるのが特徴です。一方、マグロは「赤身魚」に分類されます(ビンナガマグロを除く)。
「カジキ」と「マグロ」の違いのまとめ
「カジキ」と「カジキマグロ」の違い、それは「カジキマグロ」という魚は存在せず、「カジキ」と「マグロ」という全く別の魚を指す言葉だった、ということです。
- 分類が決定的に違う:「カジキ」はカジキ目の魚、「マグロ」はサバ科の魚。
- 見た目の違い:カジキは鋭い「吻(ふん)」を持つ。マグロは持たない。
- 身質と味の違い:カジキ(メカジキ)は「白身」で淡白、加熱調理向き。マグロは「赤身」で濃厚、生食(寿司・刺身)向き。
- 危険性は共通:どちらもアニサキスや水銀蓄積のリスクには注意が必要。
今度スーパーやレストランで「カジキマグロ」という名前を見かけたら、「これはきっと、あの吻(ツノ)を持ったカジキ(メカジキ)のことだな」と、その正体を見抜いて楽しんでみてください。他にも魚類の仲間たちの違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。