「サルーキ」と「ボルゾイ」、どちらも息をのむほど優雅で、圧倒的なスピードを持つ大型犬です。その洗練された容姿はまさに「走る芸術品」ですが、実は被毛のタイプ、性格、そして必要な運動量が大きく異なります。最も簡単な答えは、サルーキは中東の砂漠を駆けた短毛(または飾り毛のある)のハンターであり、ボルゾイはロシアの極寒で狼を狩った長毛の貴公子だということです。
この違いは、彼らの飼育難易度や家族との接し方に直結します。この記事を読めば、一見似ている二つの優雅な犬種の見分け方から、それぞれの歴史的背景、そして家族として迎える際の重要な注意点まで、スッキリと理解できるはずです。あなたが夢見るのは、シルクのような被毛を持つボルゾイとの雪原の散歩でしょうか? それとも、古代の王族と砂漠を駆けたサルーキとの絆でしょうか?
まずは、両者の決定的な違いを比較表で押さえましょう。
【3秒で押さえる要点】
- 被毛の違い:ボルゾイは長く豊かなダブルコート、サルーキは短毛(スムース)か、耳や尾に飾り毛(フェザード)があります。
- 性格の違い:ボルゾイは穏やかで物静かな「貴公子」、サルーキはより独立心が強く繊細な「砂漠の王」です。
- 飼育難易度:どちらも超大型犬であり、運動量と狩猟本能の制御に専門知識が必要な最上級者向けの犬種です。
| 項目 | サルーキ(Saluki) | ボルゾイ(Borzoi) | 
|---|---|---|
| 分類・系統 | FCI 10G(サイトハウンド)・大型犬 | FCI 10G(サイトハウンド)・超大型犬 | 
| サイズ(体高) | オス:58〜71cm | オス:75〜85cm | 
| サイズ(体重) | 18〜25kg程度 | 34〜48kg程度 | 
| 被毛タイプ | 短毛(スムース)または長毛の飾り毛(フェザード) | 長く絹のようなダブルコート | 
| 行動・性質 | 独立心が非常に強い、繊細で警戒心あり。家族には愛情深いが、ベタベタしない。プライドが高い。 | 穏やかで物静か、威厳がある。家族には愛情深いが、興奮しにくい。狩猟本能は極めて強い。 | 
| 飼育難易度 | 極めて高い(最上級者向け)。繊細な心と運動欲求の理解が必須。 | 極めて高い(最上級者向け)。圧倒的なサイズと力の制御、被毛の手入れが必須。 | 
| 必要な運動量 | 非常に多い(全力疾走できる安全な場所が必須) | 非常に多い(全力疾走できる安全な場所が必須) | 
| 寿命 | 12〜14年 | 10〜12年 | 
| かかりやすい病気 | 心疾患、眼疾患、麻酔に弱い(超短毛種共通) | 胃拡張・胃捻転(GDV)、心疾患、骨肉腫 | 
| 原産国 | 中東(ペルシャ) | ロシア | 
見た目とサイズの違い
最大の違いは被毛です。ボルゾイは長く絹のような豊かな毛を持ち、サルーキは短毛か、耳や尾に飾り毛があるタイプです。サイズもボルゾイの方が一回り大きく、よりがっしりとしています。
この二犬種を並べたとき、最も分かりやすい違いは「毛の長さと量」です。
ボルゾイは、ロシアの厳しい寒さに耐えるため、長く絹糸のようなダブルコートに覆われています。特に首回りや胸、尾の毛は豊かで、その優雅な姿はまさに「貴公子」の風格です。
一方のサルーキは、灼熱の砂漠地帯が原産のため、被毛は非常に短く滑らかです。ただし、サルーキには2つのタイプが存在し、体毛は短くても耳や尾、脚の後ろに長く美しい飾り毛を持つ「フェザードタイプ」と、全身が短毛の「スムースタイプ」がいます。しかし、フェザードタイプであっても、ボルゾイのような全身を覆う豊かな被毛とは全く異なります。
サイズ感も、実はボルゾイの方がかなり大型です。一般社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の犬種標準によると、サルーキの体高がオス58〜71cmなのに対し、ボルゾイのオスは75〜85cmと定められています。体重もサルーキが20kg前後であるのに対し、ボルゾイは40kgを超えることも珍しくなく、同じサイトハウンド(視覚で獲物を追う犬)の中でも、ボルゾイは特に大きな体格を持っています。
顔つきはどちらも面長で気品がありますが、ボルゾイは長く豊かなマズル(鼻先)を持ち、サルーキはより乾燥地帯に適応した、無駄のないシャープな顔立ちをしています。
性格・行動特性としつけやすさの違い
どちらも飼い主に忠実ですが、ボルゾイは物静かで穏やかな一方、サルーキはより独立心が強く繊細です。両犬種とも凄まじい狩猟本能を持つため、しつけは最上級者向けであり、特に動く小動物への反応は絶対に制御が必要です。
見た目の優雅さとは裏腹に、両犬種とも飼育難易度は極めて高い最上級者向けの犬種です。その最大の理由は、彼らが持つ「サイトハウンド」としての強烈な狩猟本能にあります。
ボルゾイは、その大きな体格に反して非常に穏やかで物静か、室内では寝ていることも多い「おとなしい巨人」と評されます。しかし、それはあくまで「狩りのスイッチが入っていない」時の姿。ひとたび視界に動くもの(特に小動物や猫)を捉えると、ロシア帝国の狼狩りの血が騒ぎ、時速50kmを超えるスピードで獲物を追跡するハンターへと変貌します。この本能は、しつけで消せるものではなく、「制御」するものです。
サルーキも同様に強烈な狩猟本能を持ちますが、性格はボルゾイよりも繊細で、独立心が強いとされます。中東の遊牧民とパートナーとして暮らしてきた歴史から、家族には深い愛情を示しますが、見知らぬ人には警戒心を見せ、ベタベタと触られることを好みません。プライドが高く、賢い反面、頑固な一面も持つため、しつけは力ずくではなく、信頼関係に基づいた根気強いトレーニングが必要です。
どちらの犬種も、「待て」や「お座り」といった基本的な訓練は入りますが、彼らの本能を理解しないまま飼育することは不可能です。特に、散歩中にリードを離すことは、たとえ訓練済みであっても絶対に許されません。彼らの視界とスピードは、人間の想像を遥かに超えているのです。
寿命・健康リスク・病気の違い
平均寿命はサルーキ(12〜14年)の方がボルゾイ(10〜12年)よりやや長い傾向です。ボルゾイは超大型犬特有の「胃拡張・胃捻転」に最大の注意が必要で、サルーキは心疾患や麻酔への感受性に気をつける必要があります。
犬の寿命は一般的に体のサイズに反比例する傾向があり、超大型犬のボルゾイの平均寿命は10〜12年、大型犬のサルーキは12〜14年と、サルーキの方がやや長命な傾向にあります。
ボルゾイの飼い主が最も警戒すべき病気は、超大型犬の宿命ともいえる「胃拡張・胃捻転(GDV)」です。これは、胃がガスで膨れ上がり、ねじれてしまう緊急性の高い疾患で、発症から数時間で命を落とす危険があります。食後すぐの激しい運動を避ける、食事を数回に分けるなどの予防策が不可欠です。また、骨肉腫や心疾患のリスクも報告されています。
サルーキは、遺伝的な心疾患(特に拡張型心筋症など)への注意が呼びかけられています。また、これは多くのサイトハウンドに共通する特徴ですが、体脂肪率が極端に低いため、麻酔薬の感受性が他の犬種と異なる場合があります。手術や検査で麻酔が必要な場合は、サイトハウンドの特性を熟知した獣医師に相談することが極めて重要です。
「サルーキ」と「ボルゾイ」の共通点
両犬種とも、FCI(国際畜犬連盟)の分類で同じ「第10グループ(サイトハウンド)」に属する、視覚に優れた狩猟犬です。非常に足が速く、強烈な狩猟本能を持ち、家族には忠実ですが、しつけには専門知識が必要な点が共通しています。
これほど異なる外見と気質を持つ二犬種ですが、その根底には「サイトハウンド(視覚ハウンド)」としての強力な共通点があります。
- 卓越した視力とスピード:どちらもJKCの分類で同じ10G(サイトハウンド)に属し、遠くの獲物を視力で見つけ、爆発的なスピードで追跡するために改良されてきました。
- 強烈な狩猟本能:動くものを追うという本能は、家庭犬として飼育されても色濃く残っています。特に小型犬や猫、鳥などに対しては、獲物として認識してしまう危険性があります。
- 独立心と繊細さ:一般的な愛玩犬とは異なり、人間の指示を待つのではなく、自分で判断して獲物を追うことを得意としてきたため、独立心が強く、繊細な側面を持ちます。
- 飼い主への忠誠心:ベタベタと甘えるタイプではありませんが、一度信頼関係を築いた家族に対しては、非常に深い愛情と忠誠心を示します。
- 飼育の難易度:その特殊な本能と運動欲求、そして大型犬としての力を制御するには、犬の飼育経験が豊富な上級者による、幼少期からの適切なしつけと社会化が不可欠です。
歴史・ルーツと性質の関係
サルーキは「世界最古の犬種」の一つとされ、古代エジプトや中東の砂漠でガゼルを狩るために王族に愛されてきました。ボルゾイは、ロシア帝国の貴族が狼狩り(ウルフハンティング)のために作り出した犬種で、その歴史が両者の気質の違いを形作っています。
両者の違いを理解する上で、その歴史的背景は欠かせません。実は、サルーキは「世界で最も古い犬種」の一つと考えられています。古代エジプトのファラオの墓からもミイラが発見されており、数千年以上にわたって中東の遊牧民(ベドウィン族)と共に、主にガゼルなどの俊足の獲物を狩るパートナーとして大切にされてきました。彼らにとってサルーキは家畜ではなく、「神からの贈り物」として家族同様に扱われ、室内で寝起きを共にしました。この歴史が、サルーキのプライドの高さと、家族への深い愛情、そして砂漠の過酷な環境に耐えるスリムで強靭な体躯を育んだのです。
一方、ボルゾイの歴史は比較的新しく、17世紀頃のロシアで狼狩りのために作出されたとされています。ロシア帝国の貴族たちは、この犬種を狼狩りのための猟犬としてだけでなく、その美しさからステータスシンボルとしても非常に珍重しました。大規模な狩猟では、数百頭ものボルゾイが狼を追い詰めたと言われています。ロシア革命によって貴族社会が崩壊した際、ボルゾイも絶滅の危機に瀕しましたが、欧米に渡っていた個体によってその血統は守られました。この「貴族に仕えた狼ハンター」という歴史が、ボルゾイの威厳ある落ち着きと、爆発的な狩猟本能という二面性を生み出しています。
どっちを選ぶべき?ライフスタイル別おすすめ
正直に申し上げて、どちらの犬種も初心者が飼うべきではありません。彼らを幸せにするには、運動、しつけ、環境のすべてにおいて非常に高いレベルが求められます。迎える場合は、人生を捧げる覚悟が必要です。
サルーキとボルゾイ、そのあまりの美しさに憧れを抱く人は多いですが、その憧れだけで飼うと、犬も人間も不幸になる可能性が極めて高い犬種です。どちらを選ぶべきか、という問いには、厳しい現実が伴います。
【サルーキがおすすめ(かもしれない)人】
- 超大型犬の飼育・訓練経験が豊富な「最上級者」である
- 犬の繊細なプライドを理解し、力で押さえつけない忍耐強い訓練ができる
- 毎日、全力疾走できる安全な場所(ドッグランや私有地など)を確保できる
- 家族以外には懐かない独立心を「クールな魅力」として受け入れられる
- 麻酔リスクなど、サイトハウンド特有の医療的知識を学ぶ意欲がある
【ボルゾイがおすすめ(かもしれない)人】
- 超大型犬の飼育・訓練経験が豊富な「最上級者」である
- 体重40kg超の犬を力で制御できる体力と技術がある
- 毎日、全力疾走できる安全な場所を確保できる(必須)
- ボルゾイの豊かな被毛を毎日ブラッシングする時間と労力を惜しまない
- 胃捻転の予防など、大型犬特有の健康管理を徹底できる
- 室内では物静かだが、一度スイッチが入ると制御困難な本能を理解している
どちらの犬種も、アパートやマンションでの飼育は非常に困難です。また、運動欲求を満たせない環境や、狩猟本能を理解しない飼育は、犬にとって深刻なストレスとなり、問題行動の原因となります。
風を切る優雅さの裏側
僕がドッグランで出会ったボルゾイの飼い主さんは、笑いながらこう言っていました。「この子たちは、芸術品であると同時に“兵器”なんです」と。
その日、彼は2頭のボルゾイを連れていました。普段は信じられないほど穏やかで、他の犬に吠えられても全く動じず、ただ優雅に佇んでいるだけ。まるで動く彫刻です。しかし、飼い主さんが特別な合図と共にボールを投げた瞬間、その姿は一変しました。
地面を蹴る音も静かに、まるで浮いているかのように加速し、他の犬種がまだスタートしたばかりの距離を、一瞬で駆け抜けてボールをキャッチしました。そのスピードと静けさに、僕は正直「怖い」とさえ感じました。
飼い主さんは言います。「彼らの本能は“狩り”です。これを満たせないなら、彼らは不幸になります。だから僕は、毎日この子たちが本気で走れる場所を探して車で移動するんです。美しい被毛を保つブラッシングも毎日1時間。胃捻転も怖いから、食後は絶対に安静。優雅に見えるでしょう? でも、この優雅さを保つのは、飼い主の“覚悟”そのものですよ」と。
その言葉には、憧れだけでは飼いきれない、大型サイトハウンドと暮らすことの「重み」が詰まっていました。
「サルーキ」と「ボルゾイ」に関するよくある質問
Q: サルーキとボルゾイ、どちらが速く走れますか?
A: どちらも非常に速いですが、得意分野が異なります。サルーキは「世界で最も速い犬種」としてギネスブックに載った記録(時速68.8km)を持つこともあり、瞬発力と長距離のスタミナを兼ね備えています。ボルゾイも時速50km以上で走れますが、狼を狩るためにパワーと俊敏性を重視して改良されてきた側面があります。
Q: 都会のマンションでも飼えますか?
A: 推奨できません。特にボルゾイは超大型犬であり、室内での飼育自体が困難です。サルーキも大型犬であり、どちらも室内での静かな振る舞いとは裏腹に、毎日「全力疾走」できる運動が不可欠です。都市部でその環境を毎日確保するのは非常に困難であり、運動不足は深刻なストレスになります。
Q: 抜け毛が多くて大変なのはどっちですか?
A: 圧倒的にボルゾイです。ボルゾイは寒冷地仕様の長く豊かなダブルコートを持つため、特に換毛期には信じられないほどの量の毛が抜けます。日々のブラッシングは欠かせません。サルーキは短毛種(スムース)か、飾り毛(フェザード)のみなので、ボルゾイに比べれば被毛の手入れは格段に楽です。
Q: どちらも狩猟犬ですが、獲物を持って帰ってきますか?
A: いいえ、サイトハウンドは獲物を見つけて「追跡し、仕留める(または押さえる)」のが仕事であり、レトリバーのように獲物を主人の元へ「持って帰る(回収する)」習性は基本的にありません。そのため、ボール遊びなどをしても、投げたボールを持って帰ってこない個体も多いです。
「サルーキ」と「ボルゾイ」の違いのまとめ
サルーキとボルゾイ、その優雅な外見は多くの人々を魅了しますが、その本質は全く異なる歴史を持つ、純粋な狩猟犬です。
- 被毛とサイズ:ボルゾイはロシアの寒さに耐える長毛のダブルコートを持つ超大型犬。サルーキは中東の砂漠に適応した短毛(または飾り毛)の大型犬。
- 性格:ボルゾイは物静かで穏やかな「貴公子」。サルーキは独立心が強く繊細な「砂漠の王」。
- 本能と飼育:どちらも視覚で獲物を追うサイトハウンドであり、強烈な狩猟本能を持つ。その運動欲求と本能を制御できる、最上級の知識と経験、環境がなければ飼育は不可能。
- 歴史:サルーキは古代エジプトまで遡る最古級の犬種。ボルゾイはロシア帝国の貴族が狼狩りのために作り出した犬種。
この二犬種を家族に迎えることは、美しい芸術品と暮らすことであると同時に、その芸術品が持つ「本能」という名の“命の重み”と一生向き合う覚悟を決めることです。もし検討される場合は、必ず専門のブリーダーや飼育経験者の話を直接聞き、ご自身のライフスタイルで彼らを生涯幸せにできるか、冷静に判断してくださいね。日本犬や他のペット・飼育に関する違いについても、ぜひ他の記事をご覧ください。
参考文献(公的一次情報)
- 一般社団法人 ジャパンケネルクラブ(JKC)犬種標準(https://www.jkc.or.jp/)