「英語で『それ』と言いたいとき、it と this のどちらを使えばいいのか?」と、ふと迷った経験はありませんか?
日本語ではどちらも「それ」「これ」と訳せてしまうため混同しやすいですが、ネイティブの頭の中では「単なる繰り返し(it)」か「注目させる指差し(this)」かという決定的なイメージの違いがあります。
この記事を読めば、電話応対での名乗りから、ビジネスメールでの文脈の受け方まで、状況に応じた正確な使い分けができるようになり、相手に違和感を与えないスマートな英語表現が身につきます。
それでは、まず最も重要な違いの結論から詳しく見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「it」と「this」の最も重要な違い
「it」はすでに話題に出た特定の「単語」を受ける、距離感のない中立的な代名詞です。「this」は話し手の近くにあるものや、これから話す新しい内容を指す、距離感が「近い」指示代名詞です。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | it(イット) | this(ディス) |
|---|---|---|
| 品詞・役割 | 人称代名詞 (既出の名詞の代わり) | 指示代名詞 (特定のもの・人を指し示す) |
| 指す対象 | すでに話題に出た特定の「単語(名詞)」 | 手元にあるもの、文全体、これから話すこと |
| 距離感 | なし(中立的) | 近い(心理的・物理的に手元) |
| ニュアンス | 「そのものズバリ」 (淡々とした繰り返し) | 「これを見て!/これを聞いて!」 (注目・強調) |
ざっくり言うと、前に出た単語を単に受けるだけなら「it」、新しい話題を振ったり注目させたりするなら「this」を使うのが基本ルールです。
「it」はスポットライトが当たっている対象そのものを指し、「this」は話し手が「ほら、これだよ」と指差しているようなライブ感があります。
僕も昔はこの違いを「日本語訳」だけで考えていましたが、ネイティブの感覚を知ってからは「指差しのイメージ」で使い分けるようにしています。
なぜ違う?語源とイメージから掴む
「it」は古英語の「hit」に由来し、性別を持たない中性的な「それ(そのもの)」を指す、単なる置き換えのイメージです。「this」は「指で指し示す」動作を伴うような、話し手の手元や現在進行形の話題を強調する「これ」という強い指示性を持っています。
言葉の成り立ちを知ると、ニュアンスの違いがより深く理解できます。
「it」のイメージ:透明な入れ物
「it」は、英語の中で最も一般的な代名詞の一つです。古英語の「hit」から来ており、男性(he)でも女性(she)でもない「中性」のものを指すために使われました。
「it」の最大の特徴は、「それ自体に深い意味はない」ということです。
すでに会話の中に出てきた「ペン」や「猫」や「状況」を、くどくならないように「それ(it)」という透明なカプセルに入れて受け渡しているだけ、というイメージです。
「this」のイメージ:手元の矢印
一方、「this」は「指示代名詞」と呼ばれます。「指示」という名前の通り、「これ!」と指で指し示す矢印のようなエネルギーを持っています。
物理的に自分の近くにあるものを指すだけでなく、心理的に「今、自分が関心を持っていること」や「これから話そうとしている新しいトピック」を指すときにも使われます。
「it」が淡々としているのに対し、「this」は「ここを見て!」という主張が含まれているんですね。
具体的な例文で使い方をマスターする
「I bought a pen. It is red.(ペン=it)」のように既出の単語を受けるなら「it」。「This is my plan.(これが私の計画です)」のように、これから内容を説明する場合や、電話での名乗り(This is…)には「this」を使います。
言葉の違いは、具体的なシチュエーションで覚えるのが一番です。
日常会話、電話、ビジネスなど、シーン別の使い分けを見ていきましょう。
1. 会話での基本:既出か、新規か
- I bought a new car. It is very fast.
(新車を買ったんだ。それはとても速いよ。)
※「新車(car)」という単語を単に「it」で受けています。 - Listen to this. I have a great idea.
(これを聞いて。いい考えがあるんだ。)
※「これから話すこと」は、まだ相手に伝わっていないので「it」ではなく「this」で注目させます。
2. 電話や自己紹介:自分を指し示す
電話やインターホン越し、あるいは誰かを紹介する場面では、必ず「this」を使います。
- Hello. This is Tanaka speaking.
(もしもし、田中です。)
※電話では相手に姿が見えないため、「こちらの(声の)主は」という意味で「This」を使います。「I am Tanaka」とは言いません。 - Mom, this is my friend, Ken.
(お母さん、こちらは友達のケンです。)
※隣にいる人を指し示して紹介する場合も「This」です。「He is Ken」だと少し他人行儀で説明的な響きになります。
3. 文章や文脈を受ける場合
前の文の内容全体を受ける場合は、使い分けが少し繊細です。
- He lost his wallet. It was unfortunate.
(彼は財布をなくした。それは不運だった。)
※「財布をなくしたこと(事実)」を淡々と受けるなら「it」。 - He lost his wallet. This means he can’t buy lunch.
(彼は財布をなくした。これが意味するのは、昼食が買えないということだ。)
※「財布をなくした」という状況を受けて、さらに話を展開したり強調したりする場合は「this」が好まれます。
【応用編】似ている言葉「that」との違いは?
「this」が「手元のこれ」であるのに対し、「that」は「あそこのあれ」と距離が離れた対象を指します。また、会話で相手の発言を受けて「それはいいね」と言う場合は、相手の領域にある話題として「That’s good.」を使うのが自然です。
「it」と「this」の違いがわかったところで、もう一つの重要単語「that」との関係も整理しておきましょう。
距離感の違い:This vs That
- This is a pen.(これはペンです。)※手元にある
- That is a pen.(あれはペンです。)※相手の近くや、遠くにある
これは基本中の基本ですが、会話の文脈では「心理的な距離」が重要になります。
相手の発言を受けるとき:It vs That
相手の言ったことに対して「それはいいね!」と返事をする場合。
- A: I passed the exam!(試験に受かったよ!)
- B: That’s great!(それはすごいね!)
ここでは「It’s great!」よりも「That’s great!」が自然です。
なぜなら、話題(試験に受かったこと)は相手(Aさん)の領域にある情報だからです。自分からは少し離れた「相手の話」を指すので「that」を使います。
一方、「it」を使うと、その話題がすでに二人の間で完全に共有され、定着しているようなニュアンスになります。
「this」は自分の話、「that」は相手の話、「it」は共有された話、というイメージを持つと分かりやすいでしょう。
「it」と「this」の違いを学術的に解説
言語学的には、「it」は文脈指示(照応)において最も「意味の軽い」代名詞であり、主に名詞句の繰り返しを避けるために使われます。「this」は近称の指示代名詞として、注意を喚起したり、後続する節全体(前方照応)やこれから述べる事象(後方照応)を指し示す機能が強い点が特徴です。
少し専門的な視点から解説します。
「it」は「人称代名詞(Personal Pronoun)」に分類され、主に**照応(Anaphora)**の機能を持っています。つまり、前に出てきた名詞句(先行詞)と同一のものを指す働きです。意味的な情報量は極めて少なく、文法的な穴埋めとしての機能(形式主語のitなど)も果たします。
一方、「this」は「指示代名詞(Demonstrative Pronoun)」であり、**直示(Deixis)**の機能が中心です。話し手を中心とした空間的・時間的・心理的な「近接性」を表します。
また、「this」は**後方照応(Cataphora)**、つまり「これから語られる内容」を指し示すことができるのが大きな特徴です(例:”This is what I think…”)。「it」には基本的にこの機能はありません。
国立国語研究所の対照研究などでも、日本語の「これ・それ・あれ」体系と英語の「this・that・it」体系のズレ(特に「そ」と「it/that」の対応関係)は、日本人学習者が最も苦労する点の一つとして指摘されています。
「It is Tanaka」と言って沈黙された、僕の電話失敗談
僕が海外のクライアントに初めて電話をかけたときの話です。
緊張しながらダイヤルし、相手が出た瞬間に練習通り言いました。
「Hello. It is Tanaka.」
すると、受話器の向こうで一瞬の沈黙が流れました。
「…Who?(誰だって?)」
僕は焦って、「I am Tanaka!」と言い直しましたが、相手はまだ困惑している様子。
後で知ったのですが、電話で「It is…」と言うと、「それは田中という物体です」と言っているような、あるいは「誰か(it)が田中です」という謎解きのような、奇妙な響きになってしまうそうです。
「This is Tanaka.(こちらは田中です)」
この「This」には、「今、電話口で話しているこの声の主は」という、自分を指し示すライブ感があります。
たった一つの単語の選び間違いで、自己紹介すらまともに伝わらない。
「it」と「this」の距離感の違いを、冷や汗と共に学んだ苦い経験です。
「it」と「this」に関するよくある質問
Q1. 文頭で「It is…」と「This is…」、どう使い分ける?
A. 指しているものが「単語」なら「It」、「文全体や状況」なら「This」が無難です。
例えば、「この本は面白い。それは私のお気に入りだ」なら「This book is interesting. It is my favorite.(it=book)」。
「彼は試験に受かった。これは驚きだ」なら「He passed the exam. This is surprising.(This=彼が受かったという事実)」とするのが自然です。
Q2. 「Is this OK?」と「Is it OK?」、どっちが正しい?
A. どちらも正しいですが、視点が違います。
自分が提示したもの(書類や提案など)を指して「これでいいですか?」と聞くなら、手元にあるので「Is this OK?」。
相手の提案や、すでに話題になっている状況について「それで大丈夫?」と聞くなら「Is it OK?」(あるいはIs that OK?)が自然です。
Q3. 好きなものを指して「I like this.」と「I like it.」の違いは?
A. 「this」は発見の感動、「it」は既知の確認です。
お店で素敵な服を見つけて「あ、これ好き!(初めて見た)」なら「I like this!」。
以前から話していた映画や音楽について「やっぱりそれ好きだな」と言うなら「I like it.」です。
「it」と「this」の違いのまとめ
いかがでしたか?「it」と「this」の違いについて解説しました。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- it:既に出た「単語」を受ける。距離感なし。淡々とした「それ」。
- this:手元のもの、新しい話題、文脈全体を指す。距離感「近い」。「これ(注目)」。
- 使い分け:電話の名乗りや紹介は必ず「This」。前の文全体を受けるときは「This」が自然。
- thatとの関係:相手の話を受けるときは「That(それは~だね)」が基本。
「it」は透明な箱、「this」は指差す矢印。
このイメージを持っておくだけで、迷ったときも直感的に正しい方を選べるようになります。
これからは自信を持って、”This is important!” と使い分けてみてくださいね。
もっと英語の微妙なニュアンスや、カタカナ語の使い分けについて知りたい方は、以下の記事も参考にしてみてください。
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