「逃す」と「逃がす」、どちらも「何かを失う」ような場面で使いますが、読み方も意味も微妙に違います。
「チャンスをのがす? にがす?」「魚をのがす? にがす?」と迷ったことはありませんか?
実は、機会や好機など抽象的なものを失う場合は「逃す(のがす)」、人や動物など具体的なものを放す・取り損なう場合は「逃がす(にがす)」を使うのが基本です。
この記事を読めば、それぞれの言葉が持つ本来のニュアンスや使い分けのルールがスッキリと理解でき、日常会話やビジネスシーンでも自信を持って正しい表現を選べるようになります。
それでは、まず最も重要な違いから詳しく見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「逃す」と「逃がす」の最も重要な違い
基本的にはチャンスやタイミングなら「逃す(のがす)」、生き物や犯人なら「逃がす(にがす)」と覚えるのが簡単です。「逃す」は自分の手に入りそうだったものを失うこと、「逃がす」は捕まえていたものを放つ、あるいは捕獲に失敗することを指します。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。
これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | 逃す(のがす) | 逃がす(にがす) |
|---|---|---|
| 中心的な意味 | 手に入るはずのものを失う、あえて見過ごす | 捕らえていたものを放つ、捕らえ損なう |
| 対象 | 機会、好機、時期、点数(抽象的) | 人、動物、魚、犯人(具体的・物理的) |
| ニュアンス | 自分のものにできずに終わる(受動的・損失) | 拘束を解く(能動的)、確保に失敗する |
| 複合語の例 | 見逃す、聞き逃す、乗り逃す | 取り逃がす、放し飼い(※類義) |
一番大切なポイントは、「チャンス(機会)」には「逃す(のがす)」、「生き物(物理的な対象)」には「逃がす(にがす)」を使うということです。
例えば、「絶好の機会を逃す」とは言いますが、「機会を逃がす」とは言いません。
逆に、「釣った魚を川へ逃がす」とは言いますが、「魚を逃す」と言うと、釣る前に逃げられた(手に入りそうだったのに失った)ニュアンスになります。
なぜ違う?漢字の成り立ち(語源)からイメージを掴む
「逃」という字は「しんにょう(進む)」に「兆(左右に分かれる)」を組み合わせたもので、元々は「身をかわして去る」ことを意味します。「のがす」は対象が自分から離れていく(失う)イメージ、「にがす」は対象を逃げる状態にさせる(放つ・失敗する)イメージを持つと分かりやすくなります。
なぜ同じ漢字なのに送り仮名と読み方が違うのか、言葉の成り立ちからイメージしてみましょう。
「逃す(のがす)」のイメージ:掴みそこねて離れていく
「逃」という漢字は、道を行く「しんにょう」と、亀の甲羅のひび割れが左右に分かれる様子を表す「兆」から成ります。
ここから「二手に分かれる」「去る」という意味が生まれました。
「逃す(のがす)」は、自分の方へ向かってきたり、手元にあったりしたものが、スルリと離れていってしまうイメージです。
「退(の)く」と同源という説もあり、対象が自分の領域から外れてしまう、つまり「失う」というニュアンスが強くなります。
だからこそ、形のない「チャンス」や「タイミング」を失う時によく使われるのです。
「逃がす(にがす)」のイメージ:囲いから外へ出す
一方、「逃がす(にがす)」は、文法的には「逃げる(にげる)」の使役形としての性質を持っています。
つまり、「逃げるようにさせる」「逃げる状態にする」というのが原義です。
ここから、二つの意味が派生しました。
- 捕まえていたものを、あえて逃げる状態にする=放す(リリース)
- 捕まえようとしていたのに、逃げる状態にさせてしまった=取り逃がす(失敗)
どちらも、物理的な対象(人や動物)が、拘束状態から自由になる動きを伴います。
箱や網の中から外へ出ていくような、物理的な移動のイメージを持つと分かりやすいでしょう。
具体的な例文で使い方をマスターする
ビジネスやスポーツで「好機」や「勝利」を失った場合は「逃す」、釣りやペット、あるいは犯人など「物理的な存在」を放したり取り損ねたりした場合は「逃がす」を使います。「見逃す」や「聞き逃す」など、複合動詞の多くは「逃す」を使います。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
シーン別に、正しい使い分けと間違いやすいNG例を見ていきましょう。
「逃す(のがす)」の例文:機会・損失
チャンスやポイントなど、抽象的なものを失う時に使います。
【OK例文】
- 千載一遇の好機を逃してしまった。
- 彼は土壇場で逆転のチャンスを逃した。
- 最終電車を乗り逃す。(※乗る機会を失う)
- 重要な発言を聞き逃す。(※聞く機会を失う)
- 大目に見る、という意味で「今回は見逃してやろう」と言う。
「逃がす(にがす)」の例文:解放・失敗
生き物や人を放す、または捕獲に失敗する時に使います。
【OK例文】
- キャッチ&リリースで、釣った魚を川へ逃がした。
- 警察は包囲網を破られ、犯人を逃がしてしまった。(=取り逃がした)
- 飼っていたインコを不注意で逃がしてしまった。
- 戦場で捕虜を逃がす。(※意図的に解放する)
- ガスを逃がす。(※物理的に外へ出す)
これはNG!間違いやすい使い方
変換ミスでよくある間違いを見てみましょう。
- 【NG】絶好のチャンスを逃がした。
- 【OK】絶好のチャンスを逃した。
チャンスは捕まえて檻に入れているわけではないので、「逃がす(放す)」は不自然です。
- 【NG】重要なシーンを見逃がした。
- 【OK】重要なシーンを見逃した。
「見逃す」「聞き逃す」「言い逃す」などの複合動詞は、基本的に「~しそこなう」という意味の「逃す」を使います。「見逃がす」という送り仮名は誤りです。
【応用編】似ている言葉「逸する」との違いは?
「逸する(いっする)」は「逃す」のより硬い表現で、主に「好機」や「常軌」など抽象的な対象に使われます。「逸機(いっき)」という言葉があるように、チャンスを逃す意味で使われますが、動物を逃がす意味では使いません。
「逃す」と似た言葉に「逸する(いっする)」があります。
これはビジネスや公的な文章でよく使われる、少し硬い表現です。
「好機を逸する(こうきをいっする)」という慣用句が最も有名ですね。
意味は「逃す(のがす)」とほぼ同じで、「手に入れるはずの機会を失う」ことを指します。
また、「常軌を逸する(常識から外れる)」のように、「それる・外れる」という意味でも使われます。
使い分けのポイントは以下の通りです。
- 逃す:日常会話からビジネスまで幅広く使える。「チャンスを逃す」。
- 逃がす:物理的に放すこと。「魚を逃がす」。
- 逸する:書き言葉や硬い表現。「好機を逸する」。物理的な「放す」意味では使わない。
「犯人を逸する」とは言いませんので、やはり「逸する」は「逃す(機会の損失)」の仲間と言えますね。
「逃す」と「逃がす」の違いを学術的に解説
国語学的には、他動詞としての「逃す(のがす)」は対象を自分の領域から失うこと、「逃がす(にがす)」は対象を移動させる(逃げる状態にする)ことと区別されます。文化庁の「送り仮名の付け方」ではどちらも許容されていますが、意味による使い分けが推奨されています。
ここでは少し視点を変えて、文法や辞書の定義からこの二つの言葉を深掘りしてみましょう。
「逃げる(にげる)」という自動詞に対し、それに対応する他動詞が二つある形になります。
- 逃す(のがす):手に入れそこなう、失う。(例:好機を逃す)
- 逃がす(にがす):逃げるように仕向ける、放す。(例:鳥を逃がす)
興味深いのは、複合動詞になった時の挙動です。
「見逃す」「聞き逃す」「乗り逃す」など、多くの動詞の後に付く場合は「~のがす」となり、「~する機会を失う」という意味を作ります。
一方、「~にがす」となるのは「取り逃がす」「打ち逃がす(討ち漏らす)」など、捕獲や攻撃の対象を物理的に逃してしまうケースに限られます。
また、歴史的には混同して使われていた時期もありますが、現代語では「のがす=機会」「にがす=物理的対象」という区分が定着しています。
公用文や新聞などでは、この使い分けが厳格に守られているため、ビジネス文書を作成する際は特に注意が必要です。
僕が「大魚を逃がして優勝を逃した」釣り大会の体験談
僕も学生時代、この「逃す」と「逃がす」の違いを肌で感じる、苦い経験をしたことがあります。
友人と参加した地域の釣り大会でのことです。
終了間際、僕の竿に強烈な引きがありました。格闘の末、水面に姿を現したのは優勝間違いなしの大物ブラックバス。
「やった! これで優勝だ!」
興奮した僕は、網を使わずに強引に引き抜こうとしました。その瞬間、魚が激しく暴れ、針が外れてしまったのです。
大物は水しぶきを上げて、深みへと帰っていきました。
呆然とする僕に、友人が言いました。
「あーあ、でかい魚を逃がしちゃったな。これじゃ優勝も逃したな」
その時、悔しさの中で妙に冷静に、日本語の面白さに気づいたんです。
僕は物理的に魚を「逃がして(にがして)」しまった。その結果として、優勝というチャンスを「逃して(のがして)」しまった。
魚は「逃げて」いきましたが、優勝カップに足が生えて逃げたわけではありません。優勝は、僕の手からスルリとこぼれ落ちて消えてしまったのです。
「にがす」には、魚の生々しい躍動感や、物理的な重みが伴っていました。
一方、「のがす」には、手に入るはずだった栄光がフッと消えるような、虚無感や喪失感がありました。
この体験以来、僕は「逃す」と「逃がす」を使い分けるとき、あの時の魚の重みと、空っぽになった手のひらの感覚を思い出します。
「逃す」と「逃がす」に関するよくある質問
Q. 「見逃がす」と書くのは間違いですか?
A. はい、間違いです。正しくは「見逃す(みのがす)」です。「見る機会を失う」あるいは「見ていないふりをする」という意味なので、「のがす」を使います。送り仮名に「が」は入れません。
Q. 「一球たりとも逃さない」はどっちですか?
A. 一般的には「逃さない(のがさない)」を使います。「打つ機会や捕る機会を失わない」という意味だからです。ただし、捕球したボールを落とさないという意味なら「逃がさない」もあり得ますが、野球中継などでは「失投を逃さない(のがさない)」のように「好機」として捉えるケースが大半です。
Q. 「聞き逃す」と「聞き漏らす」の違いは?
A. どちらも「聞くべきことを聞かないままにする」という意味では同じです。「聞き逃す」は「聞くチャンスを失う」というニュアンスが強く、「聞き漏らす」は「注意不足で耳に入らない」というニュアンスが強くなりますが、ほぼ同義として使えます。
「逃す」と「逃がす」の違いのまとめ
「逃す」と「逃がす」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- 基本は対象で判断:チャンスや機会なら「逃す」、生き物や犯人なら「逃がす」。
- ニュアンスの違い:「逃す」は手に入らず失うこと、「逃がす」は物理的に放つこと。
- 送り仮名の注意:「見逃す」「聞き逃す」に「が」は不要。
- 覚え方:魚を「逃がして」、優勝を「逃す」。
言葉の背景にある「失う」のか「放つ」のかというイメージを掴んでおけば、もう迷うことはありません。
これからは自信を持って、状況にぴったりの言葉を選んでみてくださいね。
漢字の使い分けについてさらに詳しく知りたい方は、漢字の使い分けの違いまとめの記事もぜひ参考にしてみてくださいね。
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