「渡る」は物理的に場所を移動すること、「亘る」は時間や空間がある範囲に及ぶことです。
どちらも「わたる」と読みますが、移動する動作なのか、期間や範囲の広がりを表すのかによって使い分けられます。
この記事を読めば、ビジネス文書での「多岐にわたる」の表記や、日常会話での使い分けに迷うことがなくなり、より正確で洗練された文章が書けるようになります。
それでは、まず最も重要な違いから見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「渡る」と「亘る」の最も重要な違い
「渡る」は点から点への移動、「亘る」はある範囲全体に及ぶ状態を指します。ただし、「亘」は常用漢字表にない読み方(表外読み)であるため、公用文や一般的なビジネス文書では「渡る」で代用するか、ひらがなで「わたる」と書くのが一般的です。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。
これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | 渡る | 亘る |
|---|---|---|
| 中心的な意味 | 一方から他方へ移動する | ある範囲や期間に及ぶ |
| イメージ | 点と点を線で結ぶ移動 | 面や帯状に広がる継続 |
| 対象 | 川、海、橋、世間、手元 | 期間、範囲、回数、全体 |
| 漢字の種別 | 常用漢字 | 人名用漢字(「わたる」は表外読み) |
| 公用文での表記 | 使用する | 使わない(ひらがな推奨) |
一番大切なポイントは、物理的な移動なら「渡る」、期間や範囲の広がりなら「亘る(またはひらがな)」という点ですね。
たとえば、橋を向こう岸へ行くのは「渡る」、工事が数キロメートルに及ぶのは「亘る」という使い分けになります。
なぜ違う?漢字の成り立ち(語源)からイメージを掴む
「渡」は水(さんずい)を越えて移動することを表し、「亘」は端から端まで線が旋回して届く様子を表します。この成り立ちから、「渡る」は移動そのもの、「亘る」は端から端まで行き届く範囲の広がりを意味するようになりました。
なぜこの二つの言葉に違いが生まれるのか、漢字の成り立ちを紐解くと、その理由がよくわかりますよ。
「渡る」の成り立ち:「水」を越えて向こう岸へ行くイメージ
「渡」という漢字は、「水(さんずい)」と「度(ド・たく)」が組み合わさってできています。
「度」には「物差しで長さをはかる」という意味や「わたる」という意味が含まれており、もともとは川や海を越えて向こう側へ移動することを表していました。
そこから転じて、場所を移動すること全般や、物が人の手を経て移動すること(人手に渡る)にも使われるようになりました。
「渡航」「譲渡」といった熟語を思い浮かべると、何かが「越えていく」「移動する」イメージが掴みやすいでしょう。
「亘る」の成り立ち:端から端まで「めぐる」イメージ
一方、「亘」という漢字は、「二(天地・上下)」の間を「舟」が旋回する様子、あるいは月が弦を張るようにめぐる様子を表した文字と言われています。
ここから、ある地点からある地点まで途切れることなく続いている、範囲が広がっているという意味が生まれました。
読み方は「コウ」とも読み、「連亘(れんこう・長く連なること)」などの熟語に使われます。
つまり、「亘る」は移動そのものではなく、「ここからあそこまで、ずーっと続いている」という「状態」や「広がり」に焦点を当てた言葉なのです。
具体的な例文で使い方をマスターする
物理的な移動や所有権の移動には「渡る」、時間的な継続や空間的な広がりには「亘る」を使います。ただし、ビジネス文書では「亘る」をひらがなで書くのが一般的かつ無難です。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
ビジネスと日常、そして間違いやすいNG例を見ていきましょう。
ビジネスシーンでの使い分け
ビジネスでは、「亘る」を使うべき場面でも、読みやすさを考慮してひらがなにするケースが多いですよ。
【OK例文:渡る】
- 本件の資料が担当者の手に渡るように手配した。
- 海外へ渡り、現地の市場調査を行う。
- 綱渡りの資金繰りをなんとか乗り切った。
【OK例文:亘る(一般的にはひらがな推奨)】
- 会議は長時間に亘って(わたって)行われた。
- その影響は全社的な範囲に亘る(わたる)と予想される。
- 被害は数キロメートルに亘って(わたって)確認された。
期間や範囲を示す場合は「亘る」の意味合いですが、常用漢字ではないため、ビジネスメールや報告書では「わたる」とひらがなで書くのがマナーとされています。
日常会話での使い分け
日常会話でも、移動か範囲かで使い分けます。
【OK例文:渡る】
- 赤信号の横断歩道を渡るのは危険だ。
- 鳥たちが海を渡って南の国へ行く。
- 遺産が親族の手に渡る。
【OK例文:亘る】
- 手術は10時間に亘った。(長時間続いた)
- 過去3回に亘り、同じ質問をした。(回数の及ぶ範囲)
- 多岐に亘る趣味を持っている。(範囲の広がり)
これはNG!間違えやすい使い方
変換ミスでよくある間違いに注意しましょう。
- 【NG】議論は多岐に渡りました。
- 【OK】議論は多岐に亘り(わたり)ました。
議論の内容が「あちらこちらへ移動した」わけではなく、「様々な分野に範囲が及んだ」という意味なので、本来は「亘る」が適切です。ただし、前述の通りひらがなで書くのが最も適切です。
- 【NG】アメリカへ亘る。
- 【OK】アメリカへ渡る。
これは物理的な移動(渡航)なので、「渡る」を使います。「亘る」を使うと、体が伸びてアメリカまで届いているような奇妙なニュアンスになってしまいます。
【応用編】似ている言葉「渉る」との違いは?
「渉る」は「干渉」「交渉」のように、関わり合いを持つことや、歩き回って探し求めることを意味します。日常的にはあまり使われませんが、「実務に精通する」という意味で「博渉」などの熟語に使われます。
「渡る」「亘る」と読みが同じで、変換候補に出てくる言葉に「渉る(わたる)」があります。これも押さえておくと、言葉の理解がさらに深まりますよ。
「渉る」は、「水の中を歩いて渡る」という原義から転じて、あちこち歩き回る、関係を持つ、関わり合うという意味で使われます。
「交渉(関わり合いを持つこと)」や「干渉(他人のことに立ち入ること)」という熟語に使われていますね。
「広く書物を読みあさる」ことを「渉猟(しょうりょう)する」と言ったりしますが、現代の一般的な文章で「わたる」と読む動詞として使うことは極めて稀です。
基本的には「渡る」や「亘る(わたる)」の使い分けを意識しておけば十分でしょう。
「渡る」と「亘る」の違いを学術的に解説
公用文作成の要領や新聞の用字用語の手引きでは、「亘る」は常用漢字外であるため、「渡る」で書き換えるか、ひらがな書きに統一することが定められています。学術的にも「範囲・期間」の意味では「亘る」が原義的に正しいですが、現代日本語表記のルール上はひらがなが標準です。
ここでは少し専門的な視点から、この二つの言葉の違いを深掘りしてみましょう。
日本の公用文(法律や公的な通知など)における漢字使用のルールでは、「常用漢字表」にある漢字・音訓を使用することが原則とされています。
「渡」は常用漢字であり、「わたる」という訓読みも認められています。
一方、「亘」は常用漢字表には存在しません(人名用漢字には含まれますが、一般文章での使用は範囲外です)。
そのため、公用文や新聞、放送などのメディアでは、本来「亘る」を使うべき「期間や範囲」の意味であっても、「わたる」とひらがなで書くか、場合によっては「渡る」で代用するという運用がなされています。
国立国語研究所などの資料を見ても、現代語のコーパス(実例集)では「多岐にわたる」「長期間にわたる」といった表現が圧倒的に多く、「亘る」の使用例は小説や個人的な文章に限られる傾向があります。
つまり、意味としての「亘る(範囲・期間)」は存在しますが、表記としての「亘る」は現代の標準的な日本語表記のルールからは外れている、というのが実情です。
この「意味の区別」と「表記のルール」のギャップが、多くの人を迷わせる原因になっているのですね。
僕が「多岐にわたる」の変換で指摘された新人時代の体験談
新人時代、企画書で「多岐に亘る」と漢字変換して悦に入っていたところ、上司から「読みにくいし常用外だからひらがなにしなさい」と指摘されました。難しい漢字を使うことが知的だと思い込んでいた自分の未熟さに気づいた経験です。
僕がまだ入社1年目の駆け出しだった頃、張り切って作成した企画書で恥ずかしい思いをしたことがあります。
新規プロジェクトの提案書で、業務範囲がいかに広いかをアピールしようと、「本プロジェクトの影響範囲は多岐に亘ります」と書いたんです。
パソコンで変換したら「亘り」という、なんだか難しくてかっこいい漢字が出てきたので、「お、これは知的な感じがするぞ」と、迷わず採用しました。
意気揚々と上司に提出したところ、返ってきた企画書には赤字が入っていました。
「『亘り』→『わたり』。これ、常用漢字じゃないし、パッと見て読めない人もいるから、ひらがなでいいよ。ビジネス文書は“かっこよさ”より“伝わりやすさ”が大事だからね」
顔から火が出るほど恥ずかしかったです。
僕は「難しい漢字を知っている自分」をアピールしたかっただけで、読み手のことを全く考えていなかったんですね。
「亘る」という漢字自体は間違いではありませんが、ビジネスの現場では「相手にストレスなく読んでもらうこと」が何よりのマナーであり、スキルなのだと痛感しました。
それ以来、僕は変換候補に難しい漢字が出てきても、一旦立ち止まって「これは相手に伝わるかな?」と考えるクセがつきました。
言葉は飾るものではなく、伝えるもの。この失敗は、僕にとってライターとしての原点とも言える経験です。
「渡る」と「亘る」に関するよくある質問
「多岐にわたる」や「長期間にわたる」など、範囲や期間を表す場合は、原則としてひらがなの「わたる」を使います。履歴書などでもひらがなが無難ですが、文字数制限などで漢字を使うなら「渡る」で代用することも許容されています。
「多岐にわたる」は漢字でどう書くのが正解?
意味としては「亘る」が適切ですが、常用漢字ではないため、一般的にはひらがなで「多岐にわたる」と書くのが正解です。どうしても漢字を使いたい場合は「多岐に渡る」と代用表記されることもありますが、ひらがなが最も推奨されます。
「長期間にわたる」はどっち?
これも期間の広がりを表すので、本来の意味は「亘る」です。しかし、同様の理由で「長期間にわたる」とひらがなで書くのが一般的です。
履歴書に書くときはどうすればいい?
「職務経験は多岐にわたります」のように、ひらがなで書くのが無難で好印象です。難しい漢字をあえて使うと、「一般常識(常用漢字の知識)に欠ける」と判断されるリスクもあるため注意しましょう。
「渡る」と「亘る」の違いのまとめ
「渡る」と「亘る」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- 基本は「移動」か「範囲」か:移動するなら「渡る」、範囲・期間なら「亘る」。
- 表記の鉄則:「亘る」は常用漢字外なので、公的な文書やビジネスではひらがなの「わたる」を使うのがベスト。
- 漢字のイメージ:「渡」は川を越える、「亘」は端から端まで及ぶ。
言葉の背景にある漢字のイメージを掴むと、機械的な暗記ではなく、感覚的に使い分けられるようになります。
これからは自信を持って、的確な表現を選んでいきましょう。
さらに言葉の使い分けについて詳しく知りたい方は、漢字の使い分けの違いまとめの記事もぜひチェックしてみてくださいね。
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