「に際して」と「にあたって」、どちらも「〜の時に」という意味でスピーチやメールで使われますが、ビジネスシーンではその「前向きさ」と「使える場面」に決定的な違いがあります。
一言で言えば、「にあたって」は物事を始める時の「前向きな決意」、「に際して」は単にその時を迎えたという「客観的な時点」を表します。
もし、お葬式やトラブル対応のような場面で「この度の件にあたりまして…」と言ってしまうと、「これから積極的にやります!」というような不適切なニュアンスを含んでしまい、相手に違和感を与えかねません。
この記事を読めば、結婚式や新プロジェクトの開始といったお祝い事から、謝罪や注意喚起といった慎重な場面まで、TPOに合わせて完璧に言葉を選べるようになります。
それでは、まず最も重要な違いの一覧表から詳しく見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「に際して」と「にあたって」の最も重要な違い
「にあたって」は積極的・能動的に「これからすること」に向けられる言葉で、主にポジティブな場面で使います。「に際して」は「その時」という時点や場面を指す言葉で、ポジティブ・ネガティブを問わず幅広く使えます。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの表現の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。
これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | に際して(さいして) | にあたって(あたって) |
|---|---|---|
| 中心的な意味 | その時、その場面、その機会に | それをする時、それに直面して |
| ニュアンス | フラット、客観的、硬い | 前向き、積極的、能動的 |
| 使える場面 | 全般(慶事、弔事、トラブル、注意) | 主に慶事、開始、決意表明 |
| ネガティブな場面 | 使える(例:葬儀、事故) | 使わない(不自然になる) |
| 時間の焦点 | その時、その直前、最中 | その直前(準備段階含む) |
一番大切なポイントは、「にあたって」は「これから頑張るぞ」というプラスの響きが強いため、お悔やみや謝罪には適さないということです。
迷ったら、どんな場面でも使える「に際して」を選ぶのが無難です。
なぜ違う?言葉の成り立ち(語源)からイメージを掴む
「際(きわ)」は境界線や接点を意味し、単にそのタイミングに接触することを表します。「当たる」は物事に直面し、取り組むことを意味し、そこには意志や行動のニュアンスが含まれます。
なぜこの二つの言葉にポジティブ・ネガティブの差が生まれるのか、言葉の成り立ちを紐解くと、その理由がよくわかりますよ。
「際して」の語源:「際(きわ)」に立つ
「際」という漢字は、「窓際」「壁際」のように、境界線や端っこを意味します。
「〜に際して」とは、ある出来事や時間の「きわ(接点)」に立ち会っている状態を指します。
そこには、良いも悪いもなく、ただ「その時が来た」「その場面に直面している」という客観的な事実があるだけです。
だからこそ、お祝い事からお悔やみ事まで、あらゆる「場面」に対してフラットに使えるのです。
「にあたって」の語源:事に「当たる」
一方、「にあたって」は動詞の「当たる」です。
「難局に当たる」「開発に当たる」のように、この言葉には「対象に向き合って、これから何かをする」という能動的なアクションのイメージが含まれます。
何かに取り組む姿勢を示すため、「開始」「挑戦」「決意」といった前向きな文脈と非常に相性が良いのです。
逆に言えば、自分から望んで取り組むわけではない「災害」や「訃報」に対して「当たる」を使うと、「よしやるぞ!」と張り切っているようなチグハグな印象を与えてしまうわけです。
具体的な例文で使い方をマスターする
プロジェクトの開始や新年の挨拶など、未来志向の場面では「にあたって」が映えます。一方、注意喚起、契約解除、葬儀など、事務的または厳粛な場面では「に際して」を使います。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
ビジネスと日常、そして間違いやすいNG例を見ていきましょう。
ビジネスシーンでの使い分け
「意気込み」を伝えたいか、「事実」を伝えたいかで使い分けます。
【OK例文:にあたって】
- 新プロジェクトの開始にあたって、一言ご挨拶申し上げます。(これから始める意気込み)
- 新店舗のオープンにあたり、オープニングスタッフを募集します。(前向きな準備)
- 社長就任にあたり、抱負を述べさせていただきます。(決意表明)
【OK例文:に際して】
- 施設のご利用に際して、以下の注意事項をご確認ください。(事務的なタイミング)
- 契約の解除に際しまして、書類の提出をお願いします。(手続きの場面)
- 合併に際して、様々な課題が浮き彫りになった。(客観的な状況説明)
「〜するにあたり」のように「り」で止める形もよく使われますが、意味は同じです。
日常会話・冠婚葬祭での使い分け
日常ではあまり使いませんが、スピーチや手紙では必須のマナーです。
【OK例文:にあたって(慶事)】
- 新しい門出にあたって、心からのエールを送ります。(卒業、結婚)
- 新年を迎えるにあたり、昨年の感謝を申し上げます。(年賀状)
【OK例文:に際して(弔事・全般)】
- 亡き父の葬儀に際しましては、多大なるご厚情を賜り…。(お悔やみに対するお礼)
- ご退院に際して、心よりお祝い申し上げます。(「にあたって」でも可だが、病気関連は「際して」が無難)
これはNG!間違えやすい使い方
意味は通じるかもしれませんが、聞き手に違和感を与える使い方を見てみましょう。
- 【NG】この度の不祥事にあたりまして、深くお詫び申し上げます。
- 【OK】この度の不祥事に際しまして(または不祥事につきまして)、深くお詫び申し上げます。
不祥事は「これから取り組む前向きなこと」ではないですよね。
「にあたって」を使うと、まるで不祥事をプロジェクトのように立ち上げたかのような、変な響きになります。
- 【NG】緊急地震速報の受信にあたって、身の安全を確保してください。
- 【OK】緊急地震速報の受信に際して、身の安全を確保してください。
災害や緊急事態は、単に「その時」を示す「に際して」を使うのが適切です。
「にあたって」は準備万端で待ち構えているようなニュアンスが出てしまいます。
【応用編】似ている言葉「折に」や「おいて」との違いは?
「折に」は季節感や特定の機会を情緒的に表す言葉、「おいて」は場所や時間、状況の範囲を指定する言葉です。「際して」よりも「折に」は柔らかく、「おいて」はより広範囲な状況を指します。
「に際して」と「にあたって」以外にも、時や場面を表す言葉はあります。
これらも整理しておくと、表現の幅が広がりますよ。
情緒的な「折(おり)に」
「折」は、季節や機会を指す、少し古風で美しい響きのある言葉です。
「上京の折には、ぜひお立ち寄りください」のように、手紙や社交辞令でよく使われます。
「〜のついでに」「良い機会に」というニュアンスがあり、ビジネスの硬い文書(契約書など)にはあまり適しません。
場所や状況を示す「おいて(於いて)」
「おいて」は、「〜で」の硬い言い方です。
「当会場において」「過去において」のように、場所や時間を指定します。
「〜に際して」が「そのタイミングで」という一点を指すのに対し、「〜において」は「その状況下で」という広がりや範囲を感じさせます。
「に際して」と「にあたって」の違いを文法的な視点から解説
文法的には、「にあたって」は意志動詞(自分の意思で行う動作)に接続しやすく、「に際して」は無意志動詞や名詞(出来事)にも広く接続します。「準備」のニュアンスを含むかどうかが鍵です。
少し専門的な視点から、この二つの違いを深掘りしてみましょう。
日本語の文法研究において、この二つは「時を表す複合格助詞」として分類されます。
「〜にあたって」の特性
「当たる」という動詞の性質上、これから行う動作の「準備段階」に焦点が当たります。
そのため、「開会にあたって(準備として)一言ご挨拶します」という文脈が成立します。
接続する言葉は、人間の意志でコントロールできる「意志動詞(始める、行う、結婚するなど)」が来ることが多いです。
「〜に際して」の特性
「際」という名詞の性質上、出来事が起きている「その時点」に焦点が当たります。
そのため、意志とは無関係に訪れる「無意志動詞(終わる、発生するなど)」や、単なる名詞(事故、別れ)にもスムーズに接続します。
「準備」のニュアンスは薄く、単に「On the occasion of(~の時に)」という意味合いが強いのです。
トラブル報告で「にあたって」を使って上司に怒られた体験談
僕も昔、この言葉の選び方で大失敗をしたことがあります。
入社2年目、担当していたシステムに障害が発生し、急いでクライアントへの報告メールを作成しました。
少しでも丁寧に、しっかり対応する姿勢を見せようと、僕はこう書きました。
「システム障害の発生にあたりまして、多大なるご迷惑をおかけしておりますことをお詫び申し上げます」
メール送信前のダブルチェックで、上司が血相を変えて飛んできました。
「おい! 『にあたりまして』ってなんだ! これから障害を起こすつもりか!?」
僕はキョトンとしました。
「えっ? 丁寧な言葉だと思って使ったんですが…」
上司はため息をついて説明してくれました。
「『にあたって』は『これからすること』や『前向きな節目』に使う言葉だ。トラブル発生は前向きなイベントじゃないだろ? 『障害の発生に際しまして』か、単に『発生いたしましたことについて』でいいんだよ」
顔から火が出るほど恥ずかしかったですね。
僕としては「事に当たる(対応する)」というつもりでしたが、文脈としては「障害というイベントの開催にあたって」というような、とんでもなく不謹慎なニュアンスになってしまっていたのです。
この経験から、謝罪やネガティブな報告では、絶対に「にあたって」を使わないという鉄則を心に刻みました。
それ以来、迷ったら一番フラットな「〜につきまして」や「〜に際して」を使うようにしています。
丁寧さを履き違えると、逆に失礼になる。ビジネス敬語の落とし穴ですね。
「に際して」と「にあたって」に関するよくある質問
履歴書で「退職にあたり」と書いてもいいですか?
基本的には問題ありませんが、「退職」という事実を淡々と伝えるなら「退職に際し」の方が好まれる場合もあります。「新たなキャリアへの挑戦にあたり、前職を退職しました」のように、前向きな文脈で使うと「にあたり」が非常に効果的です。
「に際して」と「の際は」はどう違いますか?
「〜の際は」は「〜の場合は」「〜の時には」という条件や仮定の意味合いが強くなります(例:ご来店の際は)。「に際して」は、より改まった表現で、確定した特定の機会を指すことが多いです(例:ご来店に際してのお願い)。日常会話では「の際は」の方が自然です。
結婚式のスピーチではどちらを使うべきですか?
お祝い事ですので、どちらを使っても問題ありませんが、「お二人の門出にあたり」と言うと、これから始まる未来への希望や決意が強調され、より素晴らしいスピーチになります。「結婚に際して」だと少し事務的で硬い印象になるかもしれません。
「に際して」と「にあたって」の違いのまとめ
「に際して」と「にあたって」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- にあたって:前向き、能動的、開始。慶事や決意表明に最適。ネガティブNG。
- に際して:フラット、客観的、その時。慶事も弔事もトラブルもOK。
- 使い分け:謝罪や弔事では「に際して」一択。意気込みなら「にあたって」。
- 注意点:「にあたって」は準備段階のニュアンスを含む。
言葉の背景にある「姿勢(前向きかフラットか)」を理解すると、機械的な暗記ではなく、感覚的に使い分けられるようになります。
これからは自信を持って、その場にふさわしい言葉を選んでいきましょう。
ビジネスシーンでの言葉遣いについてさらに詳しく知りたい方は、ビジネス敬語の使い分けまとめページもぜひ参考にしてみてくださいね。
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