「煩う」と「患う」、どちらも「わずらう」と読みますが、パソコンやスマホで変換するときに迷ったことはありませんか?
結論から言うと、この二つは苦しみの原因が「心(精神)」なのか「体(病気)」なのかで使い分けるのが基本です。
この記事を読めば、それぞれの漢字が持つ本来の意味と、ビジネスや日常会話で恥をかかない正しい使い分けがスッキリと分かります。
それでは、まず最も重要な違いの全体像から見ていきましょう。
結論:一覧表でわかる「煩う」と「患う」の最も重要な違い
「煩う」は「思い悩む」「精神的に苦しむ」という意味で、心の問題に使います。「患う」は「病気にかかる」という意味で、身体的な病気に使います。心は「煩」、体は「患」と覚えましょう。
まず、結論からお伝えしますね。
この二つの言葉の最も重要な違いを、以下の表にまとめました。これさえ押さえれば、基本的な使い分けはバッチリです。
| 項目 | 煩う(わずらう) | 患う(わずらう) |
|---|---|---|
| 中心的な意味 | 精神的に苦しむ、思い悩む 面倒に思う | 病気になる 病気で苦しむ |
| 対象 | 心、精神、思考 | 体、病気 |
| ニュアンス | 悩み、葛藤、面倒 | 疾病、肉体的苦痛 |
| 代表的な例 | 心を煩う、思い煩う、恋煩い | 大病を患う、肺を患う |
一番大切なポイントは、「悩んでいる」なら「煩う」、「病気になった」なら「患う」というシンプルな法則です。
「思いわずらう」のように、考えすぎて苦しい時は「煩う」を使います。
一方、「重い病気をわずらう」のように、具体的な病名や体の部位が関係する場合は「患う」が正解です。
なぜ違う?漢字の成り立ち(語源)からイメージを掴む
「煩」は「火」と「頁(頭)」から成り、頭が熱くなるほど悩むイメージ。「患」は「串」と「心」から成り、心に突き刺さるような災いや苦しみを表しますが、現代では主に「病気」の意味で定着しています。
なぜ二つの表記が存在するのか、漢字の成り立ちからイメージを膨らませてみましょう。
「煩」のイメージ:頭が熱くなるほどの悩み
「煩」という漢字は、「火」と「頁(おおがい)」で構成されています。「頁」は「頭」を表す部首です。
つまり、「頭に火がつくほど熱くなって、心が乱れる」という様子を表しています。
ここから、「悩み苦しむ」「面倒くさがる(煩わしい)」という意味が生まれました。「煩悩(ぼんのう)」や「煩雑(はんざつ)」という言葉に使われるのも納得ですね。
「患」のイメージ:心に刺さる災いと病
一方、「患」という漢字は、「串」と「心」で構成されています。
本来は「心に突き刺さるような心配事」や「災い」を意味していましたが、そこから転じて「体に降りかかる災い=病気」を指すようになりました。
「患者(かんじゃ)」や「疾患(しっかん)」という熟語がある通り、現代では「病気にかかること」を専門的に表す漢字として定着しています。
具体的な例文で使い方をマスターする
「思い煩う」「恋煩い」などメンタル面は「煩う」、「肺を患う」「長い患い」などフィジカル面は「患う」です。文脈が「悩み」か「病気」かを見極めることがポイントです。
言葉の違いは、具体的な例文で確認するのが一番ですよね。
シーン別に正しい使い方を見ていきましょう。
精神的な悩みに使う「煩う」の例文
心が苦しい、悩んでいる、面倒だ、という文脈では「煩う」を使います。
【OK例文:煩う】
- 将来のことを思い煩うよりも、今できることをやろう。
- 些細なことで心を煩わせるのは時間の無駄だ。
- 彼は激しい恋煩い(こいわずらい)で食事が喉を通らない。
- 隣人とのトラブルに頭を煩わせている。
病気や身体的苦痛に使う「患う」の例文
具体的な病気にかかっている、療養している、という文脈では「患う」を使います。
【OK例文:患う】
- 若い頃に大病を患った経験が、今の健康志向につながっている。
- 彼は長く肺を患っており、療養生活を送っている。
- 目を患ってから、視力が急激に低下した。
- 長い患い(病気で寝込んでいる期間)の末に、快方に向かった。
これはNG!間違えやすい使い方
意味は通じるかもしれませんが、漢字の使い分けとして不適切な例です。
- 【NG】将来を思い患う。
- 【OK】将来を思い煩う。
「思い悩む」ことは病気ではないため、「患う」を使うのは不適切です。「心労で病気になった」という意味であれば「心労で患う」と書くことは可能ですが、「悩む行為」そのものは「煩う」です。
- 【NG】心臓を煩う。
- 【OK】心臓を患う。
心臓の病気にかかっている場合は「患う」が正解です。「心臓(ハート)が恋で苦しい」という比喩的な表現なら「煩う」もあり得ますが、通常、臓器名が来たら「患う」と判断して間違いありません。
【応用編】補助動詞としての「~し煩う」の使い方
動詞の後に付いて「~するのに苦労する」「~しかねる」という意味を作る場合は、必ず「煩う」を使います。「患う」にこの用法はありません。
「煩う」には、動詞の連用形(マス形)の後ろにくっついて、補助動詞として働く用法があります。
この場合、「なかなか~できない」「~するのに困る」という意味になります。
この用法では、病気という意味の「患う」は使いません。
【補助動詞の例文】
- 言い煩う(いいわずらう):言おうかどうしようか迷って言えない。
- 考え煩う(かんがえわずらう):あれこれ考えて悩む。
- 書き煩う(かきわずらう):うまく書けなくて苦労する。
「思い煩う」もこの一種ですね。「~しあぐねる」というニュアンスがあるときは、迷わず「煩う」を選びましょう。
「煩う」と「患う」の違いを学術的に解説
「常用漢字表」において、どちらも「わずら(う)」という訓読みが認められています。「煩」は「ハン・ボン」という音読みを持ち、煩雑・煩悩など精神的・手続き的な苦労を表します。「患」は「カン」という音読みを持ち、患者・疾患など病気に関する用語を形成します。
もう少し専門的な視点から、この使い分けを見てみましょう。
国語辞典や漢字辞典の定義を見ると、それぞれの守備範囲が明確になります。
- 煩(ハン・ボン):
乱れる、わずらわしい、悩む。
仏教用語の「煩悩(ぼんのう)」が示すように、心が乱されて苦しむ状態を指します。「煩雑(はんざつ)」「煩瑣(はんさ)」など、物事が込み入って面倒なさまも表します。
- 患(カン):
うれえる、わずらう、病気。
「内憂外患(ないゆうがいかん)」のように本来は「心配事」全般を指しましたが、現代日本語においては「疾患」「急患」のように、肉体的な病気を指す言葉として特化しています。
公用文や新聞の用字用語の手引きでも、「心配する・苦労する」場合は「煩う」、「病気にかかる」場合は「患う」と明確に区分されています。
この境界線は非常に明確なので、迷う余地はほとんどありません。
お見舞いメールで「煩う」と書いて先輩に指摘された体験談
僕も新人の頃、この使い分けでヒヤッとした経験があります。
取引先の担当者様が入院されたと聞き、お見舞いのメールを送ることになりました。少し丁寧な言葉を使おうと張り切って、文面を作成しました。
「ご病気を煩われたと伺い、大変驚いております。一日も早いご回復をお祈り申し上げます」
送信ボタンを押す前に、念のため先輩にメールのチェックをお願いしました。すると、先輩が画面を見てすぐに指摘してくれました。
「ここ、漢字が違うよ。『煩う』じゃなくて『患う』だね」
「えっ、どちらも『わずらう』ですよね? 病気で悩んでいらっしゃるという意味で『煩う』でもいいのでは?」
先輩は苦笑いしながら教えてくれました。
「『煩う』だと、メンタル的に悩んでいるとか、面倒くさがっているという意味になっちゃうよ。『ご病気を面倒に思われていると伺い』なんて意味に取られたら失礼でしょ? 病気の場合は『患う』を使うのがマナーだよ」
ハッとしました。
自分の勝手な解釈で、相手に対して失礼な表現を使ってしまうところでした。「病気=患う」という鉄則を知らなかったら、知らず知らずのうちに恥をかいていたかもしれません。
それ以来、「病気は患う(患者の患)」、「悩みは煩う(煩悩の煩)」とセットで覚えるようにしています。
「煩う」と「患う」に関するよくある質問
「恋わずらい」はどっちの漢字を使いますか?
一般的には「恋煩い」と書きます。恋は病気そのものではなく、心が思い悩む精神的な状態だからです。ただし、恋の悩みが深すぎて病気のようになっているという比喩的なニュアンスを込めて、小説や歌詞などで「恋患い」と表記されることも稀にありますが、基本は「煩」です。
「心をわずらう」を「患う」と書くのは間違いですか?
間違いとは言い切れませんが、ニュアンスが異なります。「心を煩う」は「心配する、思い悩む」という意味です。一方、「心を患う」と書くと、「精神疾患にかかる」「メンタルヘルスの病気になる」という意味合いが強くなります。単なる悩みなら「煩う」、病気としての状態なら「患う」が適切です。
「手をわずらわせる」はどっちですか?
「手を煩わせる」です。これは「相手に面倒をかける」「手間を取らせる」という意味なので、精神的・手続き的な負担を表す「煩」を使います。「手を患う」だと「手の病気にかかる」という意味になってしまいます。
「煩う」と「患う」の違いのまとめ
「煩う」と「患う」の違い、スッキリご理解いただけたでしょうか。
最後に、この記事のポイントをまとめておきますね。
- 基本の使い分け:心が悩むなら「煩う」、体が病気になるなら「患う」。
- 漢字のイメージ:「煩」は頭が熱くなる悩み(煩悩)、「患」は病気(患者)。
- 注意点:「~し煩う(言い煩う等)」や「手を煩わせる」は「煩」を使う。
この二つは、読み方は同じでも「心」か「体」かという明確な境界線があります。
お見舞いの手紙やビジネスメールで使う際は、特に注意が必要です。
正しい漢字を選ぶことは、相手への正しい気遣いにもつながりますよ。
漢字の使い分けについてさらに詳しく知りたい方は、漢字の使い分けの違いまとめのページもぜひチェックしてみてください。
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